ぼうやはいつも色々自由にやる
自由にくっつけて
なんかができる
青い玉に私は反応しただけなのだが笑
これで
違うおもちゃの
たまたまの凹凸のところに
さしこんだり
ガイムの部品をボンドでカービィにつけたり
これ系は他にも結構やってた
笑
これはいまたまたあったやつで
ちっさいときからレゴブロックやプラレールとか人形とか
色々コラボしたり独自のせかいを満喫している
トイストーリーやな
たのしそうだな
派手なおもちゃ、ザ・おもちゃとかゲームってのは
あまりなくて
あるものを
細かいやつを色々コラボって
黙々とやるかんじ
ばーちゃんちにある
算数セットの私のいとこのおさがりは
二歳くらいからヘビメタで
おはじきとかじしゃくのコマとか棒とか
勝手にいろんな遊び方で
あそびにあそびちらかしあそびつくし
今は姪っ子があそんでいる
算数セットは遊びの宝庫、笑
もう、なんもないときは
ビニール袋であそんでた。
タオルがあればそこになんか乗せて引っ張りあってエンドレスにやる、
うちの紙コップや割り箸、輪ゴム、楊枝の消費は
ぼうやの発明品につかわれていく
昭和のかおりをうけつぎながら笑
ニュータイプの子どもたち
彼らの発想がこれからメインとなって新しい地球をつくっていく
まもなくはじまるプログラミング教育は地球に新たな風をふかせる
私たちが追いつかないとしても笑
多くの子どもたちはふつーに
やり方を教えなくても
携帯やパソコンをいじくりまわしやっていく
色々新しい今にあった発想をばんばんだしていく
彼らは時代にあわせアップデートしてきてるので
創造が強調されていく
創造が創造をひっぱってく
私たちにとって意味がないように思うことも
排除しなくてよくて
私たちの方が古いんで、笑
古いのは融合し形をかえながら
子どもたち、と、私たち、といういいかたじたい
あれだけど子どもたちはそれをやりにきてるんで
時代にそった
のびやかなひろがりを
そのうち場所や空間の概念も変わっていく
パソコンひとつで
公園で仕事
公園にワイハイ
会合とか対面じゃないのが主流に
繋がり方が軽くなる
繋がりが軽くなる
移動手段も軽くなる
時間とお金と資源をつぎこまない軽さニュアンス
子どもたちが大人なるころには今思いつかないような業種が生まれ続けている
私たちが子供の頃に大体の人が思いつかなかったような業種が今溢れているように。
私の家にあった子供の頃の初期のハイテクなものといえばなんだろ、
ドラム缶テレビと、でかいラジオと、でかいレコーダー、おとんの顕微鏡、おとんのインク式のワープロみたいなやつ、マルコのいえにあるような電話機と、洗濯機、重たい計算機とかかね、笑
ファックスやパソコン(あの初期の重たいやつ)
、コードレス電話、
からのポケベル、携帯、パソコン1人一台の時代突入して
この数十年の振り幅
物質的から感覚的に
変わりゆく超絶期なう
戦後生まれのおとんは途中までカマド、冷蔵庫なし、お風呂は火を起こし白黒テレビは村に何個か、だったらしいし、とにかく食べるものがなかったらしい、おとんが時代のプロセス振り返るだけでも気後れするように
おじいちゃんの時代だと戦争真っ只中だな
瀬戸際目指してうまれてきた私たち。
さー
かいものいこっかなーん





