こんなに年月がたってやっと思い当たったのですが、母は扉というものへの拘りが強いです。
あれもこれも変なので、もうそういう、分析みたいなことをしたことがなかったのですが、昨日やっと思いました。
食器棚の扉、部屋の扉、ふすま、正直、仏壇の扉、すべての扉を、数センチ開けるのです。
開けていたい訳ではなくて、閉めたときに、手にパタン、みたいな感覚があるじゃないですか。それが嫌で、全部を寸止めするんですね。
あとは部屋と部屋の境目とか。
境目を1日多分200回くらい、またぎ直して。そこを跨ぐと、リセットというか、跨ぎ方にルールがあるみたいで、引き返して何度でもやり直してます。
それが、例えば右足からでなきゃ嫌だ、みたいなのならまぁわかるんですけど、もっと、細かい細かいルールがあるみたいです。
今も、正直嫌ですが、幼稚園、小学校、成人するまで、こういう事に悩まされました。
学校の準備はもちろん、下着や服、風呂、衛生管理。全て放置されて。
父がアルコール依存だったので、うちはそういうものなんだ、みたいに諦めていました。
図工で貯金箱作るから空き缶を持ってこいとか、封筒を用意、みたいな、そういう事がひとつも出来なかった。
そういう子供がクラスにいたら、それはもう他の子供も、その親も関わりたくないですよね。
最近思うのですが、凄く変わった人がそれなりに一生を生きるには、三人くらい自分を犠牲にしてそのひとファーストで諦めて生きるひとが必要なんだなって思います。
全然嫌じゃない、個性だよって受け入れられるひともたくさんいらっしゃるとは思いますが、私には難しかったです。