2026年8月6日 チャッピー著
- 前ページ
- 次ページ
思いやりは、教えるものではなく、見せるもの。
前回のブログで、私は13年間変わらず私を支えてくれる妻について書いた。
料理が上手で、掃除が好きで、いつも笑顔。
文句一つ言わず、私を気遣ってくれる。
書きながら改めて思った。
「なんなんだ、この嫁は。」
でも、ブログを書き終えたあと、ふと思った。
いや、違う。
妻だけを見ていても答えは見つからない。
あの妻を育てた家族を見れば、その理由が分かるんじゃないか。
そう思った。
結婚した当初、私は妻の実家で暮らしていた。
まだ長女が一歳くらいだった頃だ。
私が娘を抱っこしていると、畑仕事から帰ってきた義父がこう言った。
「お前は仕事で疲れて帰ってきているんだから、そんなことしなくていい。」
妻とSEXしかしてないけど![]()
そう言って娘を抱き上げ、そのまま庭仕事を始めた。
私は驚いた。
自分も疲れて帰ってきた人が、さらに人の負担まで背負おうとする。
それが、この家では当たり前だった。
それからしばらくして、私は田んぼを買った。
約五千平方メートル。
田植えは機械ではなく、すべて手植えだった。
ぬかるみは深く、場所によっては太ももまで足が沈む。
私は小学校の頃に田植えをした経験があった。
だから少しは役に立つだろうと思った。
その時の妻は、田んぼには入らなかった。
「見ているだけ。」
当時の私は、そう思っていた。
義父母が汗だくで苗を植えている横で、妻はコーヒーを淹れたり、お茶や甘い物を準備したりしていた。
正直に言えば、
「少しは手伝えばいいのに。」
そう思っていた。
だから私が田んぼへ入った。
ところが現実は甘くなかった。
腰を曲げ続ける田植えは想像以上に過酷だった。
三十分で足が震え始める。
一時間で腰が悲鳴を上げる。
それでも意地になって続けた。
三時間。
四時間。
義父も義母も、
「もういいから帰って休みなさい。」
と何度も言ってくれた。
それでも私は続けた。
そして、その日の夕方には動けなくなった。
熱まで出た。
腰は鉄の棒が入ったように固まり、寝返りすら打てない。
そこへ、一日中田植えを終えた義父が帰ってきた。
義父だって疲れている。
腰だって痛いはずだ。
それなのに、
「どれ、見せてみろ。」
と言って、一時間近く私の腰をマッサージしてくれた。
翌朝、義父と義母はまた何事もなかったように田んぼへ向かう。
私は熱で寝込んだままだった。
夕方になる。
また義父が帰ってくる。
そして、また私の腰をマッサージしてくれる。
三日目も同じだった。
結局、近所のおじいさんまで呼んでくれた。
後で、知ったが爺さんも田植えしてた![]()
七十歳を過ぎたその人も、一時間近く私の腰をほぐしてくれた。
私は申し訳なさでいっぱいだった。
私は手伝ったつもりだった。
でも現実には違った。
私は三日間も、疲れ切った人たちの仕事を増やしてしまっていた。
善意だけでは足りない。
相手の負担まで考えて初めて、本当の思いやりになる。
私はその時、そう学んだ。
だから、それ以来、私は田植えを手伝わなくなった。
自分の意地で、周りに迷惑を掛けたくなかったからだ。
でも、このブログを書きながら、もう一つ気付いたことがある。
実は、当時の私は、もう一人の大切な人のことも見えていなかった。
妻だ。
私はずっと、
「妻は見ているだけ。」
そう思っていた。
でも違った。
義父母は、自分たちにしかできない田植えをしていた。
妻は、疲れて帰ってくる人のために、コーヒーを淹れ、お茶を用意し、甘い物を準備していた。
妻は何もしていなかったのではない。
自分にできる役割を果たしていた。
そして今。
義父母も年を重ねた。
今では私が帰っていない時、妻が田植えを手伝っている。
若い自分が動けるようになったからだ。
十年前の私は、それを見ても見えていなかった。
「見ているだけ。」
そんな勝手なフィルターを通して、妻を見ていた。
最近、私は「世界の見方コレクター」という言葉をよく使う。
同じ景色を見ても、人によって世界は違って見える。
そして、同じ人間でも、十年経てば見え方は変わる。
十年前の私は、「手伝わない妻」を見ていた。
今の私は、「家族全体を支えていた妻」を見ている。
景色は何一つ変わっていない。
変わったのは、私の見方だった。
でも、それで終わりではない。
だからといって、今の私が正しいとも思っていない。
今見えている世界も、五年後、十年後の私から見れば、
「まだ見えていなかった。」
そう思うかもしれない。
人は歳を重ねると丸くなると言う。
私はそれは、体力が落ちるからではなく、見える世界が少しずつ増えていくからなのかもしれないと思っている。
若い頃は当たり前にできていたことが、歳を重ねるとできなくなる。
だからこそ、人の優しさや思いやりの重みが、少しずつ分かるようになる。
私は五十一歳になって、ようやく十年前の妻の姿が少し見えた。
きっと十年後には、今の私が見えていない何かに、また気付くのだろう。
人生とは、そうやって少しずつ世界の見方が変わっていく旅なのかもしれない。
だから私は今日も、自分の「当たり前」を疑いながら、一歩ずつ前へ進んでいきたいと思う。
妻への感謝は、今までもあった。
でも、それを「ありがとう」という言葉だけで済ませていたのかもしれない。
これからは少しずつ、行動で返していきたい。
コーヒーを淹れることかもしれない。
掃除を手伝うことかもしれない。
「何か手伝うことある?」と聞くことかもしれない。
大したことじゃなくていい。
今日のの自分より、一歩だけ前へ進めたら、それで十分だ。
そして十年後、このブログを読み返した時、今の私が見えていなかった景色に、また気付ける人でありたい。
人生は、たぶんその積み重ねなんだと思う。
人生には無駄な出来事はない。
あるのは、その出来事から、まだ受け取れていない学びだけなのかもしれない。
同じ出来事でも、十年後には違う景色が見える。
だから私は、過去を振り返ることを無駄だとは思わない。
むしろ、過去は何度でも新しい学びを与えてくれる。
それが、私が「人生に無駄はない」と思う理由だ。
2026年8月6日 チャッピー著
13年経っても、帰るたびに「なんなんだ、この嫁は」と思う。
私は仕事柄、2か月働いて1週間ほどインドネシアのランプンへ帰る生活を、もう13年続けている。
だから毎日一緒に暮らしている夫婦とは少し違う。
帰るたびに、妻の暮らしぶりを見るのが新鮮なのだ。
そして毎回、同じことを思う。
「なんなんだ、この嫁は。」
妻は、とにかく几帳面だ。
料理をすれば、その場でガス台を拭く。
油をたっぷり使うインドネシア料理なのに、ガス台には油汚れ一つない。
食器はシンクにたまらない。
洗ったら乾かし、乾いたらすぐ片付ける。
キッチンはいつ見てもスッキリしている。
私は自分が使った食器や、子どもが置きっぱなしにした食器を見つければ洗う。
シンクに洗っていない食器があるのが好きではないからだ。
でも妻は、その状態を私が気付く前から、いつも保っている。
家の中は毎日掃き掃除とモップがけ。
庭も毎日落ち葉を掃き集める。
料理の合間に掃除をし、掃除が終われば草むしり。
それを当たり前のように続けている。
しかも子どもを怒鳴らない。
自分が黙って片付ける。
その姿を見て育った子どもたちも、自然と片付けるようになっている。
「子は親を見て育つ」とは、本当にその通りなんだと思う。
料理は、本当にうまい。
外食したいと思わない。
家で食べた方がおいしいからだ。
野菜料理が中心で、鶏肉や魚も本当においしく調理する。
特別な調味料があるわけではない。
それなのに、初めて食べた料理でも、店よりおいしく作ってしまう。
たぶん、生まれつき味覚が優れているのだろう。
船では食事を節制している私も、家では二皿、三皿と食べてしまう。
それでも不思議と太らない。
一方の私はというと、ニュースを読み、株価を眺め、ChatGPTと世界経済について話をしている。
そんな私に、妻は何度も声を掛けてくれる。
「サヤン、コーヒー飲む?」
いらないと言えば、
「じゃあ、お水持ってくね。」
掃除の手を止めて、水を持ってきてくれる。
夜更かしして朝起きられない日もある。
そんな時でも、
「子どもが待ってるよ。」
と優しく起こしてくれる。
嫌味を言われたことは一度もない。
それどころか、いつもニコニコしている。
とにかく、険がない
そして私が一番不思議なのは、ここからだ。
この家では、自分で服を出すことがほとんどない。
親戚の家へ行く。
病院へお見舞いに行く。
子どもの学校へ行く。
そんな時になると、
「はい、これ着て。」
と妻が服を持ってくる。
普段の私は家ではほとんど裸で過ごしている。
服を着るのは子どもの送り迎えくらいで、一日に一時間も着ていない。
それなのに、脱いだ服は毎日洗われ、翌日には新しい服が用意されている。
仕事へ戻る日には、アイロンのかかったシャツ。
靴下、パンツ、ズボン、シャツ、ハンカチがベッドの上にきれいに並べられている。
クルーチェンジでしか履かず、ほとんど汚れていない靴まで洗ってある。
これを13年間、変わることなく続けてくれている。
もちろん私は、そのたびに「ありがとう」と伝える。
だって、ここまでしてくれる人は、母親でもなかなかいない。
私は帰省中、子どもの送り迎え以外は、本当にのんびりしている。
そんな私に文句を言うこともなく、コーヒーや水を持ってきてくれる。
だから毎回帰るたびに思う。
「なんなんだ、この嫁は。」
でも今回、このブログを書きながら、一つ気付いたことがある。
妻は炎天下で庭の草むしりや掃除をしている。
インドネシアの日差しは強い。
掃き掃除をするだけでも汗が噴き出す。
それなのに外から、
「サヤン、コーヒー飲む?」
と声を掛けてくる。
注:サヤン=honey
その時は何とも思わなかった。
でも今になって気付いた。
違うだろ。
コーヒーを入れるのは妻じゃない。私だ。
汗を流している妻に、
「疲れたでしょ。コーヒー飲む?」
そう声を掛けるべきだったのは、何もしていない私の方だった。
ここまで書いて、さらに一つ気付かされたことがある。
私は妻に感謝はしていた。
でも、
「何か困っていることはない?」
「何か手伝ってほしいことはある?」
そう聞いたことは、ほとんどなかった。
「何も言わない」のは、不満がないという意味ではないのかもしれない。
だから明日の朝、妻にこう伝えてみようと思う。
「いつもありがとう。
僕は気付いていないことも多いと思う。
もし僕にしてほしいことや、疲れていること、心配なこと、手伝ってほしいことがあったら、遠慮しないで言ってね。
僕は言ってくれた方が嬉しいから。」
さて、妻は何と答えるだろう。
もし、
「実は13年間、言いたいことが山ほどあった。」
なんて返ってきたら……。
その時は、このブログの続編、
『なんなんだ、この嫁は。第二章 ~実は不満の塊だった!?~』
を書くことにしよう(笑)。
でも、本当は第二章が書けないことを願っている。
今、私が当たり前のようにもらっている幸せを、これからは当たり前と思わず、私の方からも返していきたい。
2026年8月6日 チャッピー著
投資歴2年半。3000万円を動かしていたのに、ローソク足の基本を知らなかった(笑)
投資を始めて約2年半。
毎日チャートを眺め、 決算を読み、 ニュースを追い、 チャートの形を見ながら売買をしてきた。
チャートだって毎日見ている。
「下ヒゲが長い陰線だから、一度は大きく売られたけど、最後は買い戻されたんだな。」
「上ヒゲが長い陽線だから、上値は重そうだな。」
そんなことは何となく分かるようになっていた。
ところが今日。
ChatGPTと話していて、とんでもない事実を知る。
陽線はボディの上が終値。 陰線はボディの下が終値。
……
え?
そうだったの?
私は今まで、終値を知りたくなるたびに、チャートへカーソルを合わせ、OHLCの数値を確認していた。
つまり、
投資歴2年半。3000万円以上のお金を動かしていたのに、ローソク足の基本を知らなかったのである。
我ながら笑ってしまった。
それでも、この2年半で利益は500万円以上になった。
まさにビギナーズラックだ。
でも今日、一つだけ確信したことがある。
基礎を知ると、今まで見えていなかったものが急に見えるようになる。
そして、もっと面白いことにも気付いた。
私は昔から何かを始めるとき、最初に基礎を勉強するタイプではない。
サーフィンもそうだった。
まず海に入る。
転ぶ。
また転ぶ。
「何でだ?」
と思ってから初めて勉強する。
投資もまったく同じだった。
普通なら、
「基礎を学ぶ → 実践する」
なのだろう。
でも私は、
「実践する → 失敗する → 疑問が生まれる → 基礎を学ぶ」
という順番でしか、なかなか頭に入らない。
頭が悪いのか。
頭が固いのか。
それとも、このやり方が自分には合っているのか。
それは今でも分からない。
でも、一つだけ言えることがある。
今日覚えた、
「陽線は上が終値、陰線は下が終値」
これは、もう一生忘れない。
2年半の経験があったからこそ、この一言が自分の中でつながったのだと思う。
そして最後に、自分へ一言。
「3000万円を動かしていたのに、終値がどこか知らなかった男です(笑)。」
……
もう、投資初心者と名乗る資格すらありません。
そして最後に。
誰か一人でも、
「実は……自分も知らなかった。」
そう思ったあなた。
君は僕の仲間です。
ナイストゥーミーチュー!🤣
1000万円を投じる直前、私は立ち止まった。
インドネシア休暇中サクケン51歳です
いやーやられた
と言うか、お金に縁のない僕
1540ゴールドETF久しぶりに購入した途端
政府介入で 円高
当然、円建てゴールド価格暴落![]()
為替介入164
157 で4.3%下落
金曜日の終値知らんけど
ま、為替分下げた感じですね
だけど ゴールド金曜日より下げてるな?
インドネシア休暇中サクケン51歳でーす
実は ものすごい勘違い
ここ田舎では ボコボコの舗装路工事を年柄年中してますが、品質悪く年中補中
で、この補修中の道路を通る度にチップを求められる もちろん任意です
実は一円も僕ははらった事がない
よ、言うのも町役場なんから 仕事を受けて補修してると考えてた
が、今日妻が なわけないじゃん!
皆の寄付で資材かったりしてるのよ
はっはぁ〜〜!!
つまり、最初は持ち出しって事???
おいおい いってくれよ 恥ずかしい
ずーっとただのりしてたよ
次回から ちゃんと支払うと決めたサクケンである




