娘のお誕生日

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今日で娘は24歳になりました。
年女です。


ささやかですが、ぱぱさんと娘と3人でお祝いをしました。

近所に2年ほど前に出来た小さいフレンチのお店で、バースデーケーキも作ってくれると聞いたので。。

こんな超田舎にフレンチのお店って。。チャレンジャーだなと思いましたが、ランチもディナーも食べたことがありますが、美味しかったし、けっこう人気もあるみたいで。

可愛らしいケーキでした。
とてもおいしかったです。

久しぶりに神戸・大阪へ

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今日は久しぶりに神戸元町と梅田へ行ってきました。

神戸元町はますこっとさんへ。
店舗を湊川から元町へ移転されて3年。
親子共々お世話になっていますので、お礼を申し上げたくてお邪魔してきました。

いつも身に付けているブレスレット。
メンテナンスをお願いしたのですが、母の死もあり完全にブレスがダメになってたのがあったので、新しく作り替えました。

ついでにピアスも作ってもらいました。

負の感情に支配されないように、前向きに頑張りたいと思います。

その後、前々から約束していた友人とランチしてきました。


母が亡くなる前に逢う約束をしてたのですが、急にお葬式があって気持ち的にも前向きになれなくて延び延びになり、今日になりました。
逢う前までは、まだあまり気乗りしなかった私。
あんまり人に逢いたくなくて。。
心が安定していない中で、仕事で不特定多数の人を対応するので、それに疲れてたのもあります。
でも、逢ってよかった。
彼女も心配してくれていました。
おめでたいお話も聞けてよかったです。

明日から心機一転頑張れそうな気がします。
頑張る。


私と同じように母を無くされた方かのんさんのblogに紹介されていました。

まさしくその状態にどっぷり浸かっていたので、見えない存在が知らせてくれたのかと思うくらい、どきりとしました。

母を想うならこそ、元気で明るくいかなくちゃ。

なかなかうまく感情がコントロールしにくいのですが、母のために頑張りたいと思います。

大好きなお母さんだから。

紅葉狩り

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今日はお仕事を休んで、午前中は写経したものを納めに、達身寺へ行ってきました。
本堂で和尚さんと一緒に般若心経を唱えさせていただきました。




午後は、ぱぱさんと娘と3人で但馬の安国寺へ行ってきました。
ここのところ、ニュースで度々紹介されている有名なお寺です。
平日に関わらず、とてもたくさんの方が来られていましたが、撮影時間を設けて頂けました。


お母さんが最後に編んでくれたマスコットと回転焼きともみじ。
気持ちはお母さんも一緒に。

近くにあったログハウスでお茶タイム。
フルーツティー
とても美味しかったです。



帰りに娘がお勧めの卵の美味しいお店に立ち寄り。。

沈みまくっていた私でしたが、すごく気分転換になりました。

ふたりとも本当にありがとう。

ひとりごと 2

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心がぽっかり。

今日は手芸屋さんのアルバイトでした。
母と同じくらいの年齢の人が毛糸や刺繍糸を買いに来られるお客さんを見ると胸が苦しくなります。

いつになったら慣れるのかなぁ。。

いつも、朝起きて「お母さんおはよう。」
何かにつけて心のなかで「お母さん」と呼び掛けてる。

帰ってくる返事はなし。
あたりまえだけど。

思うのが愛だとある人に仰って頂きました。。

いつも母を想っています。

でも私の場合、依存じゃないのかと。。
それでは母が浮かばれませんよね。。
分かってる。
頭では分かってる。

淋しくないふりして普通に過ごしてるけど、行動が全く伴っていません。
はちゃめちゃ。
私は何をやっているんだろう。

情けなくて腹立たしくてイライラして。

どうすれば普通になれる?
どうすれば笑顔になれる?

お母さん、私を叱って。
「しっかりせんとあかんやろ!」って。

お母さん。。抱き締めて。


ひとりごと。

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母が逝って、もう3週間と3日。

母が恋しくて恋しくて。。
悲しくて。。
父の寂しげな背中を見て切なくて。。

仕事してたり、御詠歌をあげに実家へ行ったり、アルバイトへ行ったりとそれなりに忙しく過ごしています。

心がぽっかりと空いた感じは拭いきれず、家族には当たり散らしてしまったり。。
ダメな私です。

それでも何故か涙も出ずの毎日でした。




さっき夕食を食べた後、ぼーっとしてたら脳裏に母の姿が浮かび上がってきました。

母と私の間には川が流れていました。
顔の表情が分かるほど近いような。。
遠くはないけれど、絶対に渡れない川。

母のいた場所はかわいい花がいっぱい咲いてました。
母は笑顔でした。
ちゃんとしっかりと立ってました。
私に向かって手を降ってくれました。

私は「お母さん、もうしんどくない?」と聞くとニコッと笑ってた。

本当にあちらの世界へ行ってしまったんだ。。と思いました。
そう思ったとたん、涙が滝のように流れてきました。

これって、夢枕?なのかな?
ありきたりの風景のような気もしますが、本当にこんな感じの光景でした。

母の偉大さ、優しさ、実家の太陽は母だったんだなぁ。。と改めて感じています。

もっともっと話を聞いてほしかった。
もっともっと甘えたかった。
きっと父もそうだったと思います。

お葬式の時以来、初めて大泣きしました。
少し心が落ち着くといいな。。


母が作成した刺繍の玄関マット
大人の背丈ほどある大きなマットです。

50周年のお祝い。今年のお盆に撮ったものです。
母の最期の写真です。
まさか、この2か月後に逝ってしまうとは予想もしませんでした。

弱りきった父の前では、明るく振る舞わなきゃ。
頑張れsakura

25回目の結婚記念日

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本当ならば。。
八坂神社へ参拝して、祈祷をしてもらおうと思っていたのですが。。

喪中なので神社へは行かず、代わりに実家の宗派でもある天台宗の播州清水寺へ母の供養に参拝に行きました。

だんなさんと娘と3人で。

西国三十三ヶ所の第25番の清水寺
なかなか立派なお寺でした。

庭も立派です。
紅葉の時期になるときっと素晴らしい庭なんでしょうね。

母がなんとなく傍に居てくれているような感じがしました。

晩ごはんを食べに行ったあと、実家へ御詠歌をあげに、行ってきました。

帰ってきたあと。。

そして結婚25周年。
銀婚式です。
両親は50周年でした。。両親の結婚記念日は12月5日だったのですが、お盆に前倒しで行って正解でした。

私たちもささやかですが。。


そして、指輪を作り替えました。

色々とあった1日でしたが。。
平凡でいい。
穏やかな毎日であることを願うのみです。

写経

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49日まで毎日御詠歌をあげに実家へ行く気満々だったのですが。。
父が「夜の車の運転は心配やから、毎日来なくていい!」と言われてしまって。。
車で片道25分ほどなんだけどなぁ。
妹にも「ねーちゃん、お父さんの心配事を増やさんといて」と言われてしまい凹んでた私。
どっちが姉なんだか。

それをぱぱさんに愚痴ると「前に寺で写経の用紙もらってたやん。写経すれば?」と言われて。

なるほど!!


これも供養のひとつよね。
2時間かかったかな。
あと1枚あるので、全部書けたらお寺にお供えしたいと思います。


午後に親友が渡したいものがあると言われて会ってきました。
お香典でした。
当日は仕事で行けなかったからって。
私の想いもいっぱい聞いてくれました。
本当に感謝です。
少しずつ食事が摂れるようになったきたかな。
仕事始まったら体力いるしね。
私も妹を見習って元気にならなきゃ。

母の形見

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一昨日、初七日でした。

母の兄弟やお坊様、賑やかに行われました。

悲しみはなかなか癒されません。
最期を看取った父と私はどうしてもその光景が頭をよぎってしまい、父と二人きりになるといつもその話になってしまいます。

頭ではわかっているんです。
母は楽になったこと。
いなくなった訳ではない。
母の魂は傍にいてくれること。

父とお互いに言い聞かせるように言ってるんです。

でも、心が追い付かない。。
父もそんな感じです。


義母が、「お父さん1人の時に逝くんやなくて、N(私)も立ち会ってたことで、お父さんの心はだいぶ違うで?共有出来る人がいるのといないのとは大違いなんやと違う?お母さん、N(私)が来るのを待ってたんやない?」と言われ、なるほどなぁ。。と思いました。
私が到着して30分程で旅立ったので。。

父の感情の荷物を共有できることによって、父が少しでも楽になるなら、娘としてなによりです。

妹はもう乗り越えられたのかな。
寂しいけど考えてもしゃーないし。と言ってます。
子供たちの世話に奔走しているのもあるのかもしれません。
私も日を追えば、気持ちも乗り越えられるのかな。

母が最後に作った編み物の作品。
「もう、無理やわぁ。。」といいつつも仕上げてくれました。

私が「形見にするからー」なんて冗談言ってたんだけど、ほんとになっちゃった。

5センチくらいの編みぐるみのキーホルダー
バラのコースター

以前にもアップしたかもしれませんが。。
大切に大切にしたいと思います。
他にもオパールの指輪とダイヤの指輪、母が編んだ手編みのセーターなど形見に頂きました。

妹と妹の娘、私と私の娘、4人でうまく形見分けが出来てよかったです。

お仕事は22日までお休みを頂きました。
感情の波がまだ荒々しいので。。
今は心を出来るだけ休ませたいと思います。

母の旅立ち

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10月12日20時24分に母が旅立ちました。
75歳2ヶ月。

その日は、父の代わりに私が病院で付き添い寝する予定で、用意して病院へ行きました。

部屋に入ると、どうも母の様子がおかしい。
声をかけても「苦しい苦しい。。もうどうにでもして。」の繰り返し。
痰が気道をふさいで呼吸困難になっていたようです。
看護師さんが処置をしている間、私は主治医の先生に別室に呼ばれ、今の状況を説明していただいている最中に、看護師さんが慌てて「急変です!」と言われて、すぐに先生と私は病室へ戻ると、もう息も絶え絶えにもがき苦しんでいました。痰吸入器でも痰がなかなか取れず息絶えた感じでした。

呼吸が止まって心臓が止まるまでの数分間はとても穏やかな顔に変わりました。

結局、目も合わすことなく、身体をさすることも出来ないまま。。


その前日は今までの事が嘘のように穏やかな顔をして、女子バレーボールの試合をテレビで見ていました。
話も普通に出来て、この様子なら私が付き添い出来ると思っていたのですが。。
帰るときに握手した時、力強かったので大丈夫と思ってました。
もしかしたら、これが最期の私たちへのはなむけの顔だったのかもしれません。


父は泣いて泣いて泣いて泣いて。。
泣きながら「わしは嫁さんに惚れぬいてた。」「かわいそうに。しんどかったのう。よー頑張った。お前は偉い。」と何度も言っていました。
母はとても賢く本当に良妻賢母。
妹も私もお母さんのようにはいかへんよなぁ。。と。。

私も寂しくて悲しくて。。今まで生きてきてこれだけ泣いたのは初めてなくらい泣きました。

だけど、あの最期のあの苦しみを見たときは、「もういいよ。よくがんばったよ!!」とも思いました。

父の背中が小さく見えて、それを見るとまた切なくて。。

今も色んな想いが交錯しています。

49日まで毎日御詠歌をあげに、実家へ通います。
母が少しでも気持ちよく旅立てるように。。


お母さん。
いままで本当にありがとう。
私はあなたの娘で幸せでした。
大好きだよ。
これからも。