最近は義母話から離れて、現在の事を書いていましたが、


この記事を書いたら、義母話に戻ります無気力


父の病気の事を心配して下さりありがとうございます。


会えて、大切な時間を過ごし、

そこまでは良かったのです。


今回、書くのはその後の事です。



前回の記事の最後にも書きましたが、


以前、一緒に働いていた彼女の訃報。

聞いてから、真面目に働く彼女の姿を思い出し、

考える事は、今更どうしようもない、たられば。



それ以上に、


ひとりっ子で、ずっと親子3人で暮らしていた彼女のご両親の事を考えると、


涙が出ます。


真面目で優秀な彼女は、責任のある立場になっていました。

彼女の努力の賜物です。


しかし、突然大人になったわけではありません。


授かり、生まれ、たくさん抱っこされ、

笑った、寝返りした、ハイハイした、つかまり立ちした、歩いた、喋った、

大切な一人娘。


1歳、2歳、3歳…


誕生日を祝い、成長を喜び、

ずっと続くと思っていた時間が、

突然、終わってしまいました。



夜中、トイレに起きた父親が、

普段なら寝てるはずの娘の部屋に電気がついているので、

まだ起きてるのか、消し忘れて寝てしまったのか、

と思い、部屋のドアを開けた瞬間



その姿を見た親御さんの事を考えると……


一言のメッセージも残さずに……



数日間、この事が頭の中をグルグルしていましたが、



そんな時、


夫の知人が、痛ましい不慮の事故で亡くなったと連絡がありました。



私も知っている方なので、


この訃報も本当にショックです。


奥様もお子さんもいます。


突然、電話で

「救急搬送されましたが、お亡くなりになりました。」


と聞かされた奥様。


私が想像できるものではありません。


事故ですので、テレビで地方局のニュースで伝えられていました。


毎日のように見る数十秒の事故のニュースと同じですが、


一つの命が亡くなると言う、

それも突然。


そのたびに、どれだけの人が悲しみ、

どれだけの涙を流しているのか。



「可哀想に…痛ましいな…」と毎回見て思いますが、
毎日流れてくるニュースは、そのまま流れていってしまっていました。


でも今回、近しい方の不慮の事故を目の当たりにして、


数十秒のニュースの奥で、どれだけの悲しみと涙が流れているのか、


今更ながら、気づきました。


一つしかない命について、看護学生の時、
付属の病院の看護部長さんが講義で話していた言葉はずっと覚えています。


「人は病気だから亡くなるんじゃないのよ。
人は誰しも、産まれた時に授かった寿命があるの。
寿命で亡くなるの。
だから、患者さんが病気を治すため、苦痛なく生きるために自分は何をするべきか考えて、日々接する事が大切なの。」


仕事していた時は、何十人もの最期に立ち会いエンゼルケアをしました。
「お疲れ様でした。」と思いながら涙も出ましたが、いつまでもメソメソしているわけにはいきません。
その時に、この言葉を思い出していました。


その後は、痛ましい事故や事件のニュースを見て思い出していましたが、



「そう思って自分を納得させなければ、残された人は辛くて生きていけない」



という事ではないのかなと思っています。




そして最後に。


映画「ラストマイル」


以前放送されたドラマ陣も集合する作品。


私は特に「アンナチュラル」が大好きで録画を何回も見たので、「ラストマイル」は初日に絶対に観に行くと決めていました。


話題になっていましたが、映画の内容の情報は入れずに、昨日映画館へ。


今の状況で観た「ラストマイル」


そして、エンドロールで流れた「がらくた」


とっても心に染みて、立ち上がりたくなかったです。


また観に行くつもりです。




ブログジャンルとは別の事で、長々と書いてしまいましたが、次回からは話を義母に戻しますニヤニヤ


最後まで読んで下さりありがとうございますおねがい


[この記事は、私が一方的に今思っている事ですので、一定期間しましたら削除させていただきます。]