「もしかしたら、私にもできるかもしれない…」
あの時、カフェの窓際の席で、私はそう呟いた。淹れたてのコーヒーの香りが、微かに震える私の背中を押してくれたような気がした。今思えば、あの日のあの言葉が、私の人生の第2章の幕開けを告げる、小さな、でも確かなゴングだったのだと思う。
その日、私はいつものように、近所のカフェでランチを楽しんでいた。パートが休みの日の、ささやかな贅沢。窓の外は柔らかい日差しが差し込み、店内は穏やかな空気に包まれていた。私はぼんやりとスマホでインスタグラムを開き、タイムラインをスクロールしていた。その時、ふと目に留まったのが、ある投稿だった。私と同じくらいの年齢に見える女性が、自宅で淹れたコーヒーと手作りのお菓子を紹介している写真。写真の雰囲気はとても洗練されていて、まるで雑誌の1ページのようだった。添えられた文章も丁寧で、彼女のコーヒーに対する愛情が伝わってくる。
プロフィールには「自宅で楽しむカフェ時間」というテーマで、日々のコーヒーライフを発信していると書かれていた。投稿されている写真はどれも素敵で、統一感がある。フォロワー数も驚くほど多い。さらに詳しく見ていくと、彼女は企業からのPR依頼も受けているようで、自宅にいながら収入を得ていることが分かった。まさに、私が漠然と「こうなれたらいいな」と夢見ていた世界が、そこには広がっていた。
最初は、ただただ「すごい…」と圧倒されるばかりだった。自分とは違う世界の住人、才能とセンスに恵まれた特別な人。そんな風に感じて、少しだけ落ち込んだりもした。でも、彼女の投稿を何度も見返しているうちに、胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。「好き」という気持ちを、こんなにも素敵に表現できるんだ。自宅にいながら、自分のペースで、誰かを笑顔にできるんだ。そして、それが仕事にも繋がるんだ。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
「私も、こんな風になりたい…」
もちろん、すぐに全てが上手くいったわけじゃない。初めての投稿は、構図もイマイチ、キャプションも何を書いていいか分からず、たどたどしいものだった。それでも、初めて「いいね」がついた時の、あの胸の高鳴りは忘れられない。コウタに「母さん、結構センスあるじゃん」なんて褒められた時は、照れくさくて、でも嬉しくて、小躍りしそうになった。最初は「インスタなんて…」と乗り気じゃなかったタロウも、私が企業からのPR案件を受けるようになってからは、少しずつ認めてくれるようになった。
何よりも大きな変化は、私自身の内面だったと思う。毎日が、新しい発見と挑戦の連続。カフェ巡りが、ただの趣味から、私を表現する手段に変わった。フォロワーさんたちとの交流を通して、自分の「好き」が誰かの役に立てる喜びを知った。そして、何より、年齢を重ねても、新しいことに挑戦できるんだ、という自信を持つことができた。
あの時、カフェで偶然見かけたインスタグラマーの投稿。あの一枚の写真が、私の人生を大きく変えた。「もしかしたら、私にもできるかもしれない…」あの日の小さな呟きは、今では、私を支える確かな信念に変わっている。これからも、私は私らしく、一歩ずつ、夢に向かって歩いていこうと思う。だって、人生は、いつからだって、何度だって、始められるのだから。
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