「デスペレート・ラン」という映画をアマプラで

暇つぶしに見ていました。

ナオミ・ワッツ主演。夫を亡くし、2人の子供と

暮らす母が、森にランニングに出ている間に、息子 の高校で立て籠もり事件が発生。

すぐには帰宅も学校にも向かえず、人にも出くわさ

ない森の中、頼りはスマホだけ。

そのスマホのみで窮地に立ち向かっていく話。


殆ど、森の中にいる主人公しか出てこない、電話

やスマホ越しの情報しかない状況設定でのサスペンス

で、画期的な作品ではあるのですが、観ていて、

ハラハラというより、イライラする。

ついレビューを見てみたら、同じ気持ちの人が多い。


母親が身勝手で自分たちのことしか考えていない、

人に頼りまくる、迷惑。

全く私もそう思ったんです。


そしてはた、と気が付きました。

先日も書いたけど、アメリカ映画によくある、国や

地球規模の災害や災難なのに、結局はとある家族さ

え助かればめでたし、なストーリー展開。


共通するのは、アメリカ(欧米?)は個人主義。

自分の身は自分で守るから、銃社会をやめられない。

日本人は個より、集団を重んじる。

自分だけの利益より、社会や周囲をまず考える。


これは以前読んだ本にあったのだけど、狩猟民族と

農耕民族の違いとか、それぞれがどう身を守るか、

手に入れてきた手段の違いであり、おそらく、脳の

なんらかの反応や感情もそれぞれに都合よく進化

したのかもしれない、というやつ。


よくTikTokで日本や日本人を称賛する外国人動画が

流れてくる。

そこではいかに日本人が礼儀正しく、親切か、を

力説されるのだけど、べつにいい人なわけではなく、

単なる文化でもなく、DNAに刻まれている、自分

以外を常に意識する行動がそうさせているだけな

気がする。


大災害でも困難な状況下でも、暴動にもならず、

整然と列を作り、ルールを守る。

それが当たり前の社会秩序なだけ。

集団でいることが生き残る手段である種族は、自然

に自分以外の他者を意識した行動をする。それだけ。


そう考えると、あのアメリカ映画によくある、

危機的状態なのに、自分の家族のことしか頭にない

姿は理解しがたい。

みんな同じように不安で大変なんだよ。

自分だけじゃないんだから、ひとりだけ特別扱い

しろ、なんて言っちゃいけない。我慢しなきゃ。

と、なるはず。


こりゃあ、どこまでいっても平行線だ。

この手の映画はイライラするだけだ。

と、思いました。

自己中作品でも、とことんドンパチやるとか、別な

視点で楽しませてくれれば、まぁ、気にならない

かもしれない。


家族愛は美しい。

は日本人でも変わらないかもしれないが、愛情の

描き方は違うんだよなー。と思いました。