実家が文化財指定になり、整備の保存工事や、

市民への公開についての様々なことは義兄の仕事に

なっている。

 

義兄は大学もそんなに自慢できるレベルではないが、

兄弟の中には某有名大学の教授になった人もいる。

 

姉が最近そんな義兄の実家絡みの話ばかりするのを

聞くに、なんだかんだ、この人はそういう、資産家

や旧家の一族になり、お金にも苦労しない人生が

望みだったんだろうな、と思う。

 

両親がサラリーマン家庭で、母がお金にもシビアで

そういうものに反発していたから。

義兄とは未だに趣味も合わないし、何がよくて

結婚したのか聞いたこともないが、内面より、

欲しかったものを持った人だったからなのだろう。

 

姉を「理解できない人」、宇宙人と思うのは、そんな

姉の人生だけではない。

 

姉に「心」とか「情」があるのか、疑問に思うことが

ある。

容姿も成績もよい子で、親にとっても自慢の子。

それがある時を境に、親、本人、お互いが理解

し合わない、理解し合うことを放棄した。

と、私は思う。

 

いい子から、自分を持つような、思春期にかかる

あたりから、母の考え、方針に納得いかなくなった。

母は「ずっと反抗期」と言うが、はじめは反抗期

なのだろうが、途中からはお互い相容れないと

決めつけて放棄したように思える。

 

そして、姉は極端な自己中、他責。自省し、他者と

関係を保とうと努力することがない。

 

姉が中学生になったあたりから私達は口も聞かない、

姉は常に不機嫌で、怖いので関わらない。

何もしなくても難癖つける。

仲は最悪だった。

私も母とは子供時代はいい関係ではなかった。

常に怒られてばかりで肯定されないし、思春期には

親に何も話さなかった。

それでも社会人になり、姉が結婚して家を出たあたり

からは、母の病状もあり、次第に母も軟化、私も親に

歩み寄れるようになった。

 

姉との関係性がやや好転したのは、甥っ子の誕生。

やはり身内の子はかわいくて、当時は接する機会も

多かったから、おもちゃを買ってあげて、遊んで

あげて。

私の子が生まれてからは姉も可愛がってくれたし。

甥っ子はうちの父似なのか、優しい子だし。

お互い一人っ子なので、甥っ子もうちの息子と遊ん

でくれたし、うちの息子も甥っ子を「お兄ちゃん」

と懐いていたし。

 

頻繁に行き来したわけではないが、お互いの子を

通した付き合いで関係は良くなった。

 

そして、私が精神的に最悪な時期、希死念慮が

強くなり、姉と父方の叔父に電話して、泣きながら

「死にたい」と訴えたこと。

 

夫を亡くし、両親を見送り、再婚し、離婚。いろんな

問題を抱えても、自分でやり遂げてきた私が、

ようやく落ち着いてきた?と思ったであろう時期に

メンタル最悪に陥ったのは、姉にとっても訳が

わからなかったかもしれない。

 

姉は「死なないで」としか言わなかったし、だから

と言って、私を心配して訪ねてくることもしなかった。

 

今思うと、両親の時も、母が危篤になった夜以外

病院に泊まり込むこともなく、(当時は家族が同室

に付き添いが出来た)

私が死ぬかもしれなくても飛んできたりはしない

人なんだな、と思う。

私にはできない。

 

ただ、これを機に、定期的に姉宅に行き、話を

する私を受け入れて、話も聞いてくれたし、関係が

修復していった。

 

よく、姉妹で出掛けたりして羨ましいと言われるが

きっかけは私の危機的状態だったわけで、そうでも

なかったら、行き来もしていなかったかも。

 

姉にしても、自分の原家族は私しかいないという

想いはあったようで、「あなたが死んだら私ひとり

になるよ?ひとりにしないで」と言われた記憶は

ある。

 

その割には普段の気遣いはない。

姉らしいこともしない。

うちの実家絡みの身内の付き合いや親と近所の方

とのつながりや、すべては私ひとりでやってきた。

 

嫁に行ったんだから、の考えもあるが、姉も別に

義兄の実家に入ったわけではないんだけど。

 

自己中の姉が、自分から見れば祖母のような姑。

実家の跡取りは独身だから、姉夫婦が実家で兄弟

達を迎え、もてなす役になっていたこと、歳をとって

生んだ男児だから可愛いのか、マザコン気味な義兄。

しきたりも独特。

よく嫁役をやれたもんだ、と思う。

愚痴は散々言ってたけど。

義兄は姉の味方になるほど妻ファーストな夫じゃ

ないし。

あれも自分があの一族になるためには我慢できた

のかな?

姉のことだから、気を使って、いい人を演じてた

わけではないと思うけど、やることさえやれば、

みたいな感じなんだろうか。

 

うちの母は一度父の実家に嫁いだが、嫌になって

自分の実家近く(今の住まい)に逃げてきてしまい、

結果父が付いてきてくれたから離婚もせずに来たけど

嫁姑とか、義実家との付き合いとか、苦労を避けて

来ちゃった人なので、姉の苦労をわかろうともして

いなかった。

姉も親思いじゃないが、うちの両親も、嫁に行った

娘を気遣う人ではなかった。

お互い想像力がない。

 

よく私も仕事の中で、こじれた親子、兄弟関係の

相談に接するが、うちも結構ひどい。

川で拾った子呼ばわりする母親。

懐かないから関わらない父。

ふたりとも姉に後を継いで貰いたくない、面倒も

見てもらいたくないと言っていた。

今考えるとかなりひどい。

修復する気がこれっぽっちもなかった。

 

姉は姉で、どうでもいい、みたいな態度。

だからか、両親が病気になっても私が面倒見るしか

ないし、手助けもサポートもない。

 

母が亡くなり、かなり時間がたってから、多分、

親から「一緒にいるのはあなた」との圧力を受け、

結婚も思うようには行かなかったのかもしれない、

と気付き、私の波乱の人生や希死念慮を抱くほどの

ダメージは、親に関わる全てを私だけに負わせた

からかもしれないと思ったらしく、「申し訳ない

と思ってる」と一度だけ言われた。

 

今更だけどね。

言葉より謝罪より、両親に左右され、母の病気が

なにより最優先の毎日の苦労とか、もしかしたら

私には好きな人生も、結婚も、子を持つこともなく 

親を看るだけの人生かな、って覚悟しなきゃいけ

ない思いをひとりで背負わせないで欲しかった。