『………全員、準備はできたか? 目的地到着まであと三十分。これからブリーフィングを始める』

 耳元に取り付けられた通信機から、そう女性の声が聞こえた。聴き慣れた女性の声。

 同時に視界一杯に広がっていた、青を背景に中央に大型の鳥――鷺を模したマークの表示される、待機状態にあったモニタに一つの表示枠が生まれる。

 青を背景に浮かんだ表示枠内に表示されたのは地図だ。碁盤の目の様に建物が描かれながら、所々に通行不能を意味する表示がなされている事から、おそらく《旧市街》だと推察できる。

『今地図に表示されているのが今回の作戦領域だ。今回の依頼主は《企連》警備部。作戦内容は《企連》警備部治安維持部隊による《旧体制派》系テロリスト制圧支援………。要は条約とかの影響で戦闘に必要な最低限の武力した保有不可能な《企連》警備部の連中が安全にテロリストの親玉の首根っこ押さえ込む為に、私達《傭兵部隊》が先行して露払いをする、って事ね。それで………』

 その言葉に続く様に、今度は地図上に幾つもの赤いマーカーが表示される。

『今、表示したマーカーがテロリスト側の『多目的歩行機』。一昨年に倒産したEU製の戦闘型………《AE‐15》のディフェンス・パッケージのカスタムタイプ。今、衛星からの映像出す』

 その言葉が途切れた直後、もう一つ表示枠が展開。

 今度表示されたのは四脚の下半身に人の上半身を乗せた様な形の《歩行機》の姿。真上からの画像だが、その直後に解析された全体像がCGモデルで表示された。

『おそらく十年前の内乱の際に使われた物の払い下げだろう。所々の部品が正規品ではない上、時代遅れのロートルだが腐っても拠点防衛仕様。装甲の厚さは折り紙付きだ。今回、私達の作戦はこの《歩行機》群を統括しているコントロールセンターを制圧。《歩行機》を無力化しつつ、相手の防衛主力………』

 赤いマーカーの内、三つが大きく点滅を開始。同時に《歩行機》が表示されていた表示枠の内容が変更され、直後に表示されたのは――大型の戦車だった。

『コイツの無力化。みての通り、こちらもEU製の大型………20m級の超大型戦車。見て解かる通り、戦車というよりは、動く砲身付き装甲の塊、って表現が似合いそうな化け物車両。こちらも十年前のロートルだけど無駄にでかい主砲とこの無駄に分厚い装甲板はやっかいね。ともかく領域内に存在する三体のコイツを無力化。後は適当に警備部の人間がどうにでもしてくれるから。私達は生身の人間には相手のできそうにない自動機械と大型車両の始末が今回のお仕事。――全員、理解した? したわね。なら役割分担の確認を始めるわよ』

 それと同時に一拍間が開く。

『井上、香坂。あんた達は作戦地域を《歩行機》を排除しつつ索敵。コントロールセンターを見つけ出して無力化。良い? 理解できたら返事』

『了解です。ボス』

『あいよ。ボス』

 直後、通信機に今まで黙っていた他の面子の声が生まれた。一つの声は少女。一つは少年の声。何れも自分と変わらない年頃の声。

『そのボスって呼び方やめなさい。それで、神代、吉崎。あんた達は降下地点から邪魔な《歩行機》を始末しつつ、敵の戦車を排除。良い?』

『はい。ボス』

「了解。ボス」

 自分の姓を呼ばれ、神代伊月は何処か素っ気無く口元のマイクへそう返した。応えたもう一人の声もまた少女の物。

『だからボスってのは止めなさい。そして最後に、天城。あんたは適当に高台に陣取って後方支援。特に戦車の装甲の厚さは馬鹿だからそっちの援護。良い』

『あいおー。ボッス』

 最後に応えた声もやはり少女の物だった。

『………もうボスで良いわ。ともかく、全員。役割は把握したわね? 降下までは………後十分。何か質問ある奴は?』

『はい! ボス! はいはい!』

 声を上げたのは最後に応答した少女――天城の声だった。

『何の質問だ?』

『この作戦って、今日の九時までに終わって帰れますか?』

『………何故だ?』

『や………今日のその時間の授業。出席できなかったら単位が絶望的なもんで!』

『知るか。普段からまともに授業にでろ。阿呆』

 天城の問いはその一言で打ち切られた。その様に伊月は小さく苦笑。他のメンバーの忍び笑いもスピーカーから聞こえて来る。

 ちなみに現時刻は午前三時三十七分。

『確かお前が取ってる教科で、今日の九時頃の授業つったら、徳永の経済史概説だろう? あれ必修教科だけど、定期レポート出しておけば出席で単位落す様な事はないだろう』

 そう言ったのは先の《歩行機》制圧を請け負った三人の一人である少年――井上の物。

『は? ばっかじゃない? 私がレポートなんて面倒なもん――書く訳ないじゃん』

『それは胸をはって言うべき台詞じゃねーだろう。おい。それに今日出席できなかったら絶望的って、もう今期で五回授業サボったてめーがわりぃ』

『そうですね………。今回は圧倒的にミズキが悪いですね。少し反省したらどうです?』

 次の口を開いたのは伊月と一緒に名を呼ばれた少女――吉崎の物。

『えぇ………。やだぁ! 来期も同じ授業取るなんて絶対にやだ!』

『盛り上がっている所悪いが………。もうそろそろ降下予定地点だ。全員、降下の準備をしろ』

「了解」

 その言葉に応えたのは伊月。その後に続くように、それぞれがそれぞれの調子で、了解、と声を上げた。

 応えたのと同時、伊月は手元の操作を始める。右手側のグリップの更に奥。丁度、中指を動かすと届く辺りのスイッチを動かした。

 同時。視界が急変する。青い待機画面が晴れ、光学系感覚素子が取得した視界が顔の真正面にあるモニタに映し出された。

 目の前にあるのは――鎧。

 騎士の甲冑の上に、更に幾重にも人の動きを遮らない様に重ねられた装甲板を纏い、それを強靭な人工筋肉と特殊合金のフレームで固定。そしてそれらを人がたった一人で操作する為の電力と動力を供給するジェネレータをその背に背負った――近代技術の粋を決して作られた機械仕掛けの甲冑だ。

 伊月の正面に格納されたその機体は――《歩行機》の排除を命じられた少女、香坂の機体。

「?」

 とその直後、自分に対してプライベート回線での通信が接続される。

『………伊月。大丈夫ですか?』

「………何がだ?」

『………いいえ、すみません。適当な言い方ではありませんでした………ですが………幸運を』

「………あぁ、幸運を」

 そうとだけ言葉を交わし、回線は途切れる。その直後に機体のマイクが、がこんっ、と音を拾い、正面にある香坂機が肩部を固定していたアームが彼女の機体を吊り上げた。それと同じ様に伊月の機体も同じ様にアームによって吊り上げられる。

『降下地点上空に到着。全員、準備は良いな?』

 それに応える声はない。応える必要がない事を、その場にいる全員が良く理解しているから。

 直後、重厚な駆動音と同時。背面部の壁と床が展開し、香坂の機体越しに僅かに白み始めた空が広がった。彼女の機体越しに見る光景でも、自分達の足元に雲がある事がわかる上空。

『では、《ナイトリンクス小隊》の諸君………仕事の時間だ。………降下』

 その言葉響くと同時、伊月は自分の身体が宙へと放り出されるのを感じた。