過去の自分のツイートでも書いたが、「決まっているルール」に沿って責任を取らなければ、逃げられなければ無限責任を取らされる。しかし、一方でそのルールが明確でないのも問題となっているのではないか。 

事故の責任、再上場、いじめの問題も、当事者は「決まったルール」に沿って責任をとったといっているが、やはり「特例」だったのだと思う。特例を認めさせるのも実力のうち、ルールの範囲内ということかもしれないが、共感はあまり得られていない。

で、共感を得られればいいのかというと、それもどうかと思う。そう考えると、必要なのはいかにバランスを取るかということ。そして、バランスは「価値観」によって作られるので、問題の本質は共通の価値観がないということなのかもしれない。

少し前に「正義」の本がはやったが、日本では共通の正義は共有されていない。そのことがいろいろな責任がとれなくなっている原因の一つなのかも。しかし、共通の正義を持つ、これから作る事がいいのかと言われれば、どうかなと思ってしまう。この問題は本当に難しい。

責任の取り方が本当にしっくりこない事が続いていることは、今あるいろいろな事が見直される時期に来ているともいえそう。この問題については、これからいろいろな動きがおきそう。その動きを、自分でも考えつつ、注意深く見ていきたい。

twitter 2012/7/17