戦略的思考~私の歩み~ | 創造の杜~カッコいい知識人を目指すBlog~

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日頃の読書や学習を通してカッコいい知識人を目指す、とある若者の成長の記録。ブックレビューなどを通して知識のアウトプットをしていくBlogです。Be creative!がキャッチフレーズ、そんなBlogにしたいと思っています。最近は受験生向け・ダイエッター向け記事多めです。

休日が切実に欲しいさくらアトムです、こんばんは。

今日はよそに寄稿したエッセイを転載いたします。今回はあたしの自分語りばかりですがご容赦ください。

――――――――――以下引用――――――――――

近頃の政治には責任感がない。小学6年生の少年の口からこの言葉が出てきた時は心底驚いた。「泣いて馬謖を斬る」どころか「笑って馬謖を生かす」のが今の日本の現状か。前者は三国志の中で、諸葛亮孔明は命令違反を犯した秘蔵っ子を特別扱いすることなく処刑し、国内の風紀を引き締めたというエピソードから生まれた言葉であるが、国を長期的に見る「戦略的思考」がなくてはこのように私情を捨て去れない。

小学6年生の時から中学を卒業するまで私は数多くのことを、三国志を熟読する中で学んだ。人徳のない君主は敵を作りやすい、部下を思いやらねば離反される、一時の感情で人生を台無しにしうることなど、人生をうまく生き抜くための術を頭に刻み込んだ。特に『三国志演義』で大活躍する蜀の軍師孔明からは、「戦略的思考」とはなんたるかを漠然とであるか示してもらったような気がする。しかしながら、当時の私はそんな深いこともわからないため、戦を空想し、空想上の大軍師となる日々であった。

しかしながらこのような空想は現実のものとなる。敵の広大な陣の中に甘寧の如く奇襲をかける・敵に気付かれぬ前に完全に包囲網を完成させる。当時本格的に嗜んでいた「囲碁」が三国志とリンクした瞬間だった。プロの石田芳夫九段曰く、プロは一目で千手読むそうだ。それほどの手の変化を考慮しなければならない囲碁は、まさに何が起こるかわからない大戦を現代に甦らせたようなものである。碁盤の19×19の目の上で、2人で一つの世界を黒白の碁石を用いて作り上げる。その様はまさに芸術であり、一つの戦である。

相手の打ってくる手を考えられるだけ考え、それに対抗する手を考える。常に先を見据え、碁盤全体を睨む大局観が常に求められる。そしてそれらを終結まで維持し続ける集中力が不可欠である。これらがなくては、「平成の大軍師」にはなれないのである。
 
一冊のテクストと日々の対局の中で「戦略的思考」について学び、実践する日々を小中学生時に過ごしたことが今の思考のバックグラウンドというべき「フィールド」を作り上げた。常に先手を打てるよう、何手も先まで読み、様々な状況を加味したうえで判断する。対人関係であれば、それに加えて軍師たちの外交戦略も参考にする。このような「戦略的思考」を百パーセント活かせるよう、私は実践を重ねている。いつか本物の「平成の大軍師」となれるように。



――――――――――以上引用――――――――――――


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