タイトルのスペイン語は「オーレ!エル・落語」と読む。"Olé!" は掛け声、"el" は「落語」のような外来語に付ける定冠詞である。敢えてスペイン語のタイトルにしたのは、昨夜、私は地元にあるキューバ料理とライブ・ミュージックの店 "MiSALSA" で開かれた落語会に行ってきたからである。

通常、落語は末廣亭、鈴本演芸場、浅草演芸ホール、池袋演芸場のような常設寄席や国立演芸場(現在閉館中)、紀尾井町ホール、文化センターのような所謂ホールで開催される。独演会や二人会みたいに割りとこじんまりした会の場合は、都内および周辺市に意外にたくさんある◯◯亭という名の小規模の寄席小屋、さもなくば、寺院・蕎麦屋・居酒屋・寿司屋・中華料理屋などを借りて行われる。だが、昨夜のような「落語+キューバ料理」の組合せは超珍しい。

その店は駅前にあるのだが、4年前までは散髪屋だった。その散髪屋には何度か行ったことはあるが、キューバ料理&カフェになってからは昨夜が初めてで、キューバ料理も私にとって初体験であった。先ず、店全体の様子は以下の写真の通り(テーブルは落語の後の打ち上げ用に並べ直したもの)。



バー・コーナー。その奥に小さい厨房がある。


店の隅にはラテン音楽用の楽器が置いてあり、壁の至るところにはチェ・ゲバラなどの写真、絵、ポスターがたくさん貼ってある。店主夫妻は年に一度キューバに行っているそうだ。


窓からは駅に隣接するビルが見える。


さて会の段取りだが、先ず林家正雀師匠の落語が三席あり、その後、師匠を交えた打ち上げという通常のパターンである。いくらキューバ料理の店と言っても、着物姿で高座に上がる師匠の出囃子にキューバのサルサ音楽を使う訳にはいかないので、いつもの『都風流』のカセット。その出囃子は、吉原界隈の初夏から冬にかけての情景を唄った長唄から取った以下のメロディーである。

https://youtu.be/oq8fajRYErY

演目は『御神酒徳利』『一人酒盛り』『猫の皿』の三席を休憩なしに一気にやった後、テーブルを並べ直しての打ち上げ。客の一人が大層な落語通だったこともあり、打ち上げは結構ディープな落語談議になり面白かった。例えば:

▪正雀師匠は『一人酒盛り』のネタは東京と上方で別々にできたのではないかと言われるので、私が「六代目笑福亭松鶴の『一人酒盛り』は東京の『一人酒盛り』と同じ筋立てになっていますが」と言うと、それは松鶴師匠が三遊亭圓生師匠から教わったからだとのこと(今朝、念のため桂米朝師匠の『一人酒盛り』を聞いてみたが、なるほど東京の設定とは随分違う)。

▪◯◯師匠の「唐茄子屋政談」では、誓願寺店辺りの長屋で首を吊った子持ちの若い女と海苔屋の婆さんや他の連中は同じ長屋という設定になっているが、いくらフィクションでもそれでは他の連中が冷た過ぎることになるから、別の(例えば、向かいの)長屋に住んでいることにした方がいい。

▪「らくだ」の作品で、大家の婆さん一人で通夜用の酒3升、飯2升、煮〆丼2杯を運べる訳がないから、長屋の連中が手伝う設定にすべき。また、八百屋から菜漬の樽を屑屋がせしめて戻ってきたとき、らくだの兄貴分がかなり酔っ払っていることにしないと、屑屋に無理矢理に酒を飲ませるのが不自然。


などなどである。私はそれを聞いて、定年後に文学部に学士入学した大学同期が文学部のゼミの説明をしてくれたことを思い出した。

昨夜の木戸銭は、落語+ワンドリンク+料理のセット料金だった。キューバ特産のドリンクはモヒート(Mojito)というミントの葉をホワイトラムと砂糖とライムが入ったグラスの中で潰し、氷と炭酸水を注ぐものだそうだが、何となくレモンサワーみたいに聞こえたので、無難に(?)に白ワインをオーダーした。その後、セット料金とは別枠で赤ワイン、テキーラを追加オーダー。料理は以下のワン・プレートだった。サラダ、キューバ版チキンカツ、黒豆とインディカ米の炊き込みご飯(コングリ)、黒豆スープ(一見お汁粉みたいだが甘くはない)が盛ってある。黒豆はキューバで最も一般的な食材のひとつで、今でも黒豆が配給されているとのこと。



以上が「オーレ!エル・落語」の備忘録である。昨日が初めての試みだったが、客の一人が「またやりましょう」と言い、店主の奥さんが「是非。私、師匠の怪談噺を聞きたいわ」とエコーしたので、師匠は手帳でスケジュールを確認して「それじゃあ、9月7日(土)にしましょう」となった。私が「仮決めですか?」と聞くと、店主も師匠も「もう本決めです」と。