長きに亘って相撲協会の No. 2 として辣腕を揮った尾車親方(元大関・琴風)が昨日付けで後進に道を譲るとして定年を待たず相撲協会を退職したことに関連して、相撲の名跡・年寄株について思うことを以下に記す。

力士は相撲協会の年寄株を持っていないと、引退後に親方として協会に残ることができない。協会には全部で105の年寄株があるが、今までは『立田川』と『振分』の2つの株しか空いていなかった。なので、遠くない時期に引退を余儀なくされる現役力士  ー  例えば、横綱・照ノ富士や大関・貴景勝ら  ー  は引退しようにも引退できない状況にいる(相撲協会を辞めるなら別だが)。元関脇の豊ノ島の場合は、引退後は先代井筒親方(元関脇逆鉾)の遺族から『井筒』の名跡を借りて井筒親方を名乗っていた。しかし、期間限定で借りていたものだから期限が来て返さざるを得ず、また別の年寄株を取得できなかったこともあって相撲協会を去り、タレントになった。

空いている2つの年寄株のいずれかを取得できればよかったのだが、昔の慣習を引きずっているものだから、そう簡単にいかない実情がある。建前上、年寄株は協会のものではあるが、実態は前の所有者の遺族が首を縦に振らないと取得できない。前所有者の遺族、つまり先代親方の奥さんは往々にして「この子なら株を譲ってもいいが、あの子はダメ」というようなことを言う。また、相撲界には以下に示す「一門」があって、特別の事情がない限り年寄株を一門外には出さないという意思が働く。更に、相撲協会の規定は「年寄株は売買してはいけない」と定めているのだが有名無実化し、実際には顧問料などの名目で億の桁の金が支払われている。



上で「『立田川』と『振分』の2つの株しか空いていなかった」と過去形を使ったのは、昨日尾車親方が退職して『尾車』の名跡を本家たる佐渡ケ嶽部屋に返納したので、本日現在の "空き年寄株" は『立田川』『振分』『尾車』の3つとなったからである。これらの株は現在どの一門にあるかと言えば:

・振分:高砂一門。
・尾車:佐渡ケ嶽部屋、即ち二所ノ関一門。
・立田川:元々は時津風一門の名跡だが、次の経緯があって、現住所は錣山部屋というか、二所ノ関一門。貴乃花親方が二所ノ関一門を出て貴乃花一門を作っとき(貴の乱)、時津風一門に属していた錣山親方(元寺尾)も貴乃花親方に同調して貴乃花一門になった。その後、貴乃花が退職し貴乃花部屋が閉鎖されたとき、錣山親方は時津風一門に戻る訳にもいかず、貴乃花部屋の出身一門だった二所ノ関一門に移った。錣山部屋付親方だった立田川親方も錣山親方に付いて二所ノ関一門に移った。しかし、昨年末に錣山親方が死去して立田川親方が名跡を交換して錣山親方になり、一門も二所ノ関のまま。

近い将来、高砂一門のどの力士が年寄株を必要とするか私には見えないが、二所ノ関一門では高安や貴景勝らは年寄株を取得したいところだ。真相は分からないが、高安の場合は手当てされていると何かに書いてあった。全く目処が立っていないのが貴景勝だ。

貴景勝は現在常磐山部屋だが、元は貴乃花部屋だったのが災いしていると言ってよい。貴乃花親方が後足で砂をかける形で二所ノ関一門を出て独立したので、貴乃花親方が退職し貴乃花部屋が閉鎖されて二所ノ関一門に戻ってきた力士に対して、一門の中でも冷たい目が向けられているのである。"貴の乱" は言わば親方同士の権力闘争であって、貴景勝らの力士は全く関係ないのだが、そういう状況にあっては二所ノ関一門に空き株があると言っても、甚だ気の毒ながら、貴景勝が譲って貰えるかどうか?なのである。

特に、『尾車』の名跡は絶対と言っていい程の確率で貴景勝は取得できまい。というのは、貴乃花親方が間垣親方(二代目若乃花)、大嶽親方、錣山親方、阿武松親方らを纏めて急先鋒に立ち、協会の八角理事長と協会No.2だった尾車親方と激しく対立したのである。なので、尾車親方出身の佐渡ケ嶽部屋が『尾車』の名跡を貴景勝に譲るとは思えないのである。

名跡『尾車』を譲るとすれば、寧ろ現在は二所ノ関部屋付きの中村親方(元関脇・嘉風)の方が可能性がある。というのは、嘉風らを育てたのは尾車親方だったからである(現在中村親方が二所ノ関部屋付なのは、尾車親方が一昨年60歳に達して嘱託になったとき、尾車部屋は閉鎖され、同部屋所属力士は二所ノ関部屋へ移籍したから)。中村親方は、9月の秋場所後に開催される理事会を経て独立することが決まっているので、ひょっとしたら、中村部屋ではなく尾車部屋になるかもである。

そういう過去のことを言うなら、現・錣山親方は部屋付の立田川親方だったとき先代の錣山親方と一緒に貴乃花陣営に加わったのだから、貴景勝が『立田川』の名跡を引き継ぐ可能性はあるではあるまいか。尤も、『錣山』との交換で『立田川』の名跡を預かっているのは現・錣山親方ではなく先代錣山親方の夫人かも知れないので、現・錣山親方および先代錣山親方夫人が貴景勝に対してどういう感情を持っているかによろう。

年寄株のことは長きに亘って協会の懸案だった。名理事長と言われたかつての出羽海親方(元横綱・佐田の山)は任期中に(1992年~ 1998年)に年寄株を協会のものとし売買禁止を徹底しようとしたが、親方連中に激しく反対され、協会の規定にその旨を書き込むことには成功したが、名理事長をしても抜け穴を容認せざるを得ず、今日のように有名無実化している。

少なくとも当分の間は外部の人が専任で理事長を勤め、理事の過半数も外部の人くらいな大手術をしないと、協会の近代化は難しい気がするが、そういう大手術をすると力士出身の理事の反発で出血過多になりそうな気もする。