先週は「日本で言う “調整” をいつでも “backroom deal”(密室取引)と翻訳するのはおかしい」と書き、今週は “gourmand”(大食漢)という言葉の用法を取り上げた。前者は英語、後者はフランス語だが、「本家本元の日本語についてのネタは?」となると俄には思い付かない。

そこで、少々古いネタではあるが、「面白い!」と思って保存していた特集記事がある。それは、1993年9月8日付けの「ジャパン・タイムズ」に掲載された「日本語スペシャル」と題するもの。実際には、記事をスキャンしてPDFファイルにしているのだが、そこにある図がいまいち不鮮明なのでパワポで転記したのが下の図である。


これをしげしげ見ていると、「ヘエー!」と思うことが多い。私の観察を列挙すると以下の通りである。

▲ 日本語のベース言語は古代極東アジア語で、そこから日本語・アイヌ語・朝鮮語が派生した。日本語は中国語や朝鮮語から派生したものではないことを、先ずおさえておく。

▲ 古代極東アジア語と並ぶ大きな言語系がビルマ語系言語だったことは驚きだ(ここに描かれていないが、恐らく中国語もそれに並ぶ大きな言語系だったのではないか)。

▲ この図からは分からないが、もうひとつ基本をおさえておく。それは語順(統語法)である。日本語は〔S+O+V〕 。英語を始めとする欧州語、中国語、多くの東南アジア語は〔S+V+O〕だから、日本語は少数派と思うかも知れないが、実は、世界の言語の半分以上が日本語と同じ〔S+O+V〕なのである。



面白いのは、一口に東南アジアと言っても、タイ語は〔S+V+O〕だが、隣国のミャンマー(ビルマ語)やインド(ヒンディー語)は日本語と同じ〔S+O+V〕なのである。欧州語は〔S+V+O〕とは言え、フランス語、スペイン語、イタリア語では、目的語が代名詞の場合は〔S+O+V〕になる。多くの人が知っている “I love you” のフランス語版は “Je t'aime”(ジュテーム) というが、目的語の代名詞  “te” (続く動詞が母音で始まるので “t” と省略)は、主語(je)と動詞(aime)の間に来ている。目的語が代名詞ではなく、「私はルイーズが好き」のような固有名詞(or 普通名詞)の場合は〔S+V+O〕に戻って “J'aime Louise” になる。ついでに言うと、2019年フランスで一番人気が高かった女の子の名前は「ルイーズ」だったそうだ。

▲ ここで、「日本語の進化」の図に戻る。「ほー!」と思うのは、中国語の影響を受けるのは “つい最近” のこと。とは言っても約2000年前だが、それよりも遥か前に大きな影響を承けた言語があったことも驚きである。インドネシア語やカンボジア語などの東南アジア言語に加えて、ポリネシア言語!

▲ 現代日本語に残っているポリネシア語の足跡は同じ音を繰り返す擬態語である(括弧内はポリネシア語)。例えば、浮かんでいる様を表す「ぷかぷか(puka puka)」、光る様の「ピカピカ(pika pika)」、鮮明な様の「ありあり(ali ali)」、ゆっくり歩く様の「とことこ(toko toko)」。際限ないのでここで止めておく。

こういう擬態語は、英語でも鐘の音を表す “ding dong” などがありはするが、圧倒的に少ない。例えば、日本語の「彼の顔には困った表情がありありと出た」を英語にすると何と言えばいいか。「ありあり」は “very clearly” の意味だが、そう言ってしまうと平板だ。それこそ困ってしまうが、仕方がないので表現を全面的に変えて、“A shade of vexation has passed over his face” とでもするか、である。まあ、英語やフランス語の名誉のために言うと、長くなるので例は上げないが、欧州語には動詞の時制があるので、使う動詞で意味の深みを出すことができる。しかし、日本語にはそれがないので修飾語で補わなければならない。

▲ この図でいまいち分からないのは、今から4000年~5000年前に影響受けたという “Yangzi River language related to Burmese” である。「華南ビルマ系言語」とでも訳せばいいのか。これで検索すると、チベット~ヒマラヤ・アッサム・中国南西部・ミャンマー・タイにかけて分布する「チベット・ビルマ語派」が出て来る。 シナ語派とは約5900年前に分岐したと推定されている。ということは、分岐して1000年~2000年後に日本語に入って来たと考えれば、辻褄が合う。具体的な分布は以下の通り。



▲ ビルマ系言語の語順は〔S+O+V〕だから日本語と親和性がある。語彙のレベルでは、特に体の部分を表す名詞にビルマ語の痕跡があるらしい(括弧はビルマ語)。例えば、「顔・かお(kamai)」「目・め(mi)」「舌・した(sila)」「口・くち(ku)」「歯・は(ha)」など。これらは稲作と共に伝わったのではないか推測されている。

▲ 最後は中国から影響である。仏教や儒教、その他の先進文明と共に、多くの漢字と語彙が中国から伝わり、日本語の中に入っていった。語順が違うので、返り点を使って訓読みするが、その “はしり” は、奈良時代末期の780年代発刊の『続華厳経略疏刊定記(ぞくけごんきょうりゃくしょかんじょうき)巻第五』にあるそうだ。「華厳経」とあるから経本もしくは経本の解説ではないか。まあ、私は返り点を使う高校の漢文が嫌いだったが、飛鳥~奈良の人々も苦労したに違いない。

以上、27年以上前の新聞記事を眺めて、日本語の進化に思い馳せてみた。特にこの分野の勉強をした訳ではないから、群盲象を評すが如き甚だ怪しき文章になったかも知れない。



「密室取引」
https://ameblo.jp/sakugi-no-hito/entry-12656299066.html

「グルマン」
https://ameblo.jp/sakugi-no-hito/entry-12656793972.html