台湾で「日本神話」が崩壊しつつあるそうだ。衛生管理や医療態勢、感染症対策などで長年、お手本と考えてきた日本が、武漢肺炎の防疫では、初期動作で後手に回ったという彼らの失望である。日本人として誠に耳が痛い!


これは、本日の産經新聞に掲載された「検疫指揮の後藤新平はいないのか」という記事の出だしである。全文は末尾URLの通りだが、登録会員向け有料記事なので、肝心なところは読むことができない。同記事の中段の要旨は以下の通りである。

医師出身の後藤新平は日本統治時代に台湾総督府民政長官を勤めた。同氏の数々を功績を讃えて、台北の台湾博物館には銅像が建っている。また、元総統の李登輝氏は、後藤新平のことを「台湾の恩人」と公言している。功績とは、後藤の台湾赴任前、日清戦争が終わり伝染病が猛威を振るっていた中国から日本兵20万人以上が帰還することになった。しかし、後藤はいきなり帰還兵を上陸させたのではなく、数ヶ月間掛けて水際検疫して事なきを得た。また、コレラ・赤痢・マラリアなどが蔓延する瘴癘(しょうれい)の地と言われていた台湾に赴任した後は、医療行政を推進し、上下水道を整備して国民衛生を飛躍的に向上させただけでなく、中国本土と同様に台湾でも庶民間で普及していた阿片吸引も漸禁策を通じて根絶せしめた。



そういう後藤新平のことを知っている台湾にしてみれば、「今日の日本はどうなっちゃったの?」であろう。感染症の伝播ルート解析で知られる台湾の長庚大学教授・黄崇源氏は、現在の日本の防疫態勢を、鎮座する大仏像から発想したのか、「仏系」と形容したそうだ。要するに、動かないということ。

つらつら考えてみると、今般の武漢肺炎対策初動における日本政府の稚拙さは、以下の4点に帰結するのではないか。

第一は、安倍政権の失政。武漢肺炎の感染力を過小評価し、習近平の国賓訪日に目が眩んだ。中国が1ヶ月も隠蔽し、情報公開不十分ということもあるが、中国情報入手不十分(外務省)と情報評価不十分(外務省・厚労省)に加えて、いつもの如く中国に対する忖度(外務省)など、分解すれば個々の問題が出てくるだろう。

第二は、日本では危機対応の教育や訓練を受ける機会がないことである。自衛隊、警察、海上保安庁、消防庁らは組織内でやっていようが、それらを除けば、総理を始めとする閣僚・官僚・議員の大多数は、そんな教育を受けてはいまい。「政治の要諦は国民の安全と繁栄」であるにも拘わらずである。一例をあげれば、対策会議には政務官を代理出席させ、自分は地元の新年会に出席していた小泉環境大臣だ。政務官出席でも支障はなかったであろうが、緊急事態に対する小泉大臣の意識・態度の問題である。

唐突のようだが、国防は危機対応教育に応用できる(と言うより、寧ろ国防は危機対応の一部である)。定かではないが、他国の危機対応教育は、国防研究・教育から来ているのではないかと想像している。例えば、戦前の陸軍科学研究所(後の登戸研究所)。無論、敵攻撃のために多くの研究がなされた。しかし、武漢肺炎に因んで言えば、敵軍の水に入れた毒物が回り回って自軍の水に混入しないための防疫研究もしていた。その成果のひとつは、石井式濾水機濾過筒だった(実際の効果は知らないが)。今般の武漢肺炎が生物兵器ウイルスの漏洩と言うのではないが、実態として、細菌や毒物が自国・自軍に入らないようにする国防上の防疫研究(物理的対策のみならず、考え方・行政体制・管理体制なども)をやっていれば、今般の事態に応用できるのである。

後藤新平が果敢に20万人以上の帰還兵を数ヶ月間掛けて水際検疫をさせたのは、彼が医師としての知見を持ち、且つ陸軍の責任者として防疫とは何たるかを十分わきまえていたからである。一般化すれば、国防研究は武器・弾薬の分野だけでなく、防疫・被害対応(自然災害にも応用)・医薬・行政など広範囲の危機対応もカバーする。「そのような国防研究の民生版教育」は学校や社会で行って然るべきなのだ。

だが、日本では「軍隊はないという大虚構」の上に法律や教育制度ができている。言い換えれば、天下泰平が前提。危機について学ぶ機会もなく、考えないことを旨としている。大本の国防研究をやらなければ、当然その危機対応部分を民生化することはできない。必然の帰結として、政府・官僚・国民の危機意識は希薄になる。税金をたらふく喰っている東大などは、国防研究はやらないと公言する始末。嘆かわしきことこの上なし。

第三は、現行憲法に緊急事態・有事の条項がないという致命的欠陥である。官僚は行動する前に、後ろ指を指されないように、予め法的根拠を確認する。ところが、危機には往々にして前例がない。法律で森羅万象あらゆるケースを想定することはできない。なので後手後手になるばかりか、手を打たない(打てない)ことがある。それをカバーするのが憲法の緊急事態・有事の条項なのだが、それが現行憲法にないのだから、安倍総理がスーパーマンだとしても、できることには限度がある。記者に問われたとき、安倍総理にせよ加藤厚労相にせよ、「○○にお願いしているところでございます」と答えることがある。全てではないが、これは「法的根拠がないので強制することができず、相手の了解にすがっている」という意味のことも多分にあるのである。

第四の原因としてあげるレベルには程遠い "常に反対する野党" であるが、おまけとして追加するなら、それら野党は緊急事態云々よりも政府の批判・追及を目的としているものだから、何でもケチを付け反対する。それに付き合わざるを得ない政府は時間とエネルギーを野党対応に取られて、実態への対応に集中できないことがあるのではないか(と国民に映ることがしばしばある)。

それに引き換え、自民党が野党だった頃の谷垣貞一総裁は立派であった。2011年3月15日~4月28日の間に投稿された谷垣氏のツイッターを見て頂きたい(以下の写真)。そこで言う「緊急事態」は東日本大震災のことだが、谷垣総裁は「我々は大震災発生以来続ける政府への全面協力の手を緩めることも惜しむこともなく党を挙げて取り組み・・・」と述べている。あの菅直人率いる政府である!それでも、野党は政府に全面協力すると言っているのだ。谷垣総裁の人柄もあろうが、これぞステーツマンというべし。



https://special.sankei.com/a/international/article/20200221/0001.html