【シュガー・ラッシュ】についての所感、その4です。
今回は、「高解像度美人」カルホーン軍曹について語りたいと思います。
出番はあまり多くありませんが、本作のサブヒロインでもある彼女の恋の顛末は、本作のテーマの一部を饒舌に語ってくれます。また、彼女の宿敵である謎の生命体「サイバグ」は、物語の決着の鍵を握る重要な要素を担っています。
!!以下、作品の内容に触れています!!
【4】珍客とトラウマに悩まされるヒロイン
カルホーン軍曹は、最新式シューティングゲーム「ヒーローズ・デューティ」というゲームの、美しき女戦士です。
映画では、一方的にラルフに迷惑をかけられ、振り回されるなかなか不運な役所です。
「ヒーローズ・デューティ」はハードSF風の殺伐とした世界観で、カルホーン軍曹率いる軍隊の一兵士となって「サイバグ」という機械虫のような生命体と、命がけの攻防戦をするゲームです。稼動一週間目で、マルコフスキーという大柄の兵士キャラが心折れてしまうような過酷な世界です。
この世界にも、先の展開に繋がる重要な伏線がいくつかあります。
・「サイバグ」は、心の無いウィルスみたいなもの。卵を産んで無限に増殖する。
・「サイバグ」は、食べた物を体に取り込んで変異する。
・「サイバグ」は走光性を持つので、一掃するには、「ビーコン(誘虫灯)」を点灯する必要がある。
カルホーン軍曹はハードな世界観に見合った、タフで男勝りなキャラです。屈強な男達を厳しく統率し、ミスをする部下は容赦なく殴りつけます。この世界にメダルがあると聞きつけ、マルコフスキーに扮して侵入してきたラルフも、何度も殴られています。(この映画で次々にトラブルを起こし、他の世界に迷惑をかけるラルフが、それ程不快な印象を残さないのは、軍曹が要所要所でラルフに「制裁」を与えているためではないかと思います)
さてこのカルホーン軍曹ですが、「結婚式で警戒を怠ったため、花婿をサイバグに殺される」という、辛い過去をプログラムされています。プログラムとはいえ、そもそもゲームプログラムである彼女にとっては「本当にあった出来事」と同じです。彼女はこの過去に囚われ、トラウマに苦しんでいます。(彼女には気の毒ですが、最近のゲームキャラにやたらに辛い過去があるというのは、「ゲームあるある」でしょう)
彼女はこの映画で、「最もプログラムに縛られているキャラ」として登場しています。「警戒を怠ったせいで」という部分が、特に可哀想です。「自分の失敗のせいで、大切な人を失った」のですから、「もう失敗できない」と、常に緊張し、心が安らぐ時がありません。
しかし、「もう失敗できない」という想いは、かえって判断ミスを招き、さらなる「失敗」を呼んでしまう側面があります。カルホーン軍曹は、ラルフの変装を見破ることができず、みすみすメダルを盗まれてしまいます。
さらにその後、ラルフを探しにやって来たフェリックスを、サイバグと見間違えて攻撃します。(フェリックスはきっちり仕事時間外に来ているのに、です。ちなみにここで彼が死んでいたら、ゲームオーバーでした)
カルホーン軍曹が失敗を繰り返すのは、彼女の過度な緊張がかえって判断ミスを招いているせいだと思われます。
ラルフによって、サイバグの幼虫を他ゲームへ持ち出されてしまった為、すぐに彼を追う旅に出る軍曹に、「ラルフを連れ戻す」という目的を持つフェリックスが、同行を願い出ます。
事の重大さも分かっていない、8ビットゲームのチビが何を言い出すんだという目で見る軍曹ですが、フェリックスは引き下がりません。
「ラルフが壊したものを直すのは僕の仕事だ」と、フェリックスはきっぱり彼女に言います。
この台詞はなかなかカッコいいですね。彼の仕事への自負を思わせると共に、彼が強い責任感を持っていることが伝わります。(「ラルフが壊したもの」の中には、「ラルフを見逃したミスで自分を責め、さらに傷ついてしまったあなたの心」も入っていることにもご注目ください)
結局軍曹はフェリックスの同行を認め、二人はこの先行動を共にし、絆を深めていく事になります。二人の恋愛パートはそれほど尺がなく、割と駆け足で進んでしまいますが、要所要所は外してないように思われます。強い責任感を持つ彼女ですから、自分と同じく責任感を持つフェリックスに、このシーンで最初の共感を覚えたのではないかなと思います。
カルホーン軍曹とフェリックスは「シュガー・ラッシュ」世界でココアの流砂に落ち、命を落としかけますが、フェリックスの機転により無事脱出します。顔をボコボコにされながらも、意外な頼もしさを見せたフェリックスを見直したのか、いきなり乙女の顔になる軍曹は、尺の短さを逆手にとったギャグなのかどうか、判断に迷う所です。(笑うつる草が、「ラララ~♪」とディズニーっぽいラブソングを歌いだすあたりは、セルフパロディにしか見えませんが・・・)
しかし、軍曹はそんな甘い雰囲気を銃声で一掃してしまいます。「そう簡単に流されてたまるか」という彼女の苛立ちが伝わってきます。
レトロゲームの住人のフェリックスは、見たことも無い美しい解像度を持つ軍曹に会った時から一目惚れしており、その恋愛感情をまるで隠そうともしません。元々プレイヤーキャラである彼は、喜怒哀楽がはっきり分かりやすい、「いかにもゲームキャラ」というキャラクターです。最新のゲームキャラであり、リアルな肉付けをされているカルホーン軍曹は、あからさまに好意を示すフェリックスに調子を狂わされ、居心地が悪そうです。(カルホーン軍曹を困らせる珍客はラルフだけではなく、フェリックスもそうだったようです)
思うに軍曹が、早々にフェリックスを憎からず思ってしまうのは、彼の「ヒーロー特性」に引きずられている可能性もありそうです。何しろ彼には、「みんなの人気者」というズルイ設定があるのですから。(この映画は、キャラの設定を逸脱しないルールで脚本が練られているので、いわゆる「能力バトル」的に物語を楽しむことも可能なのが面白い所です)
しかし物語的には、「人に嫌われたことのない」フェリックスに、「人に嫌われる痛み」を味わってもらう必要があります。ここで軍曹の「辛い過去を持つ」設定が有効に働きます。(二人には気の毒ですが・・・)
フェリックスが何気なく発した褒め言葉が、亡くなったフィアンセの口癖と偶然にも一致したため、パニックを起こした軍曹はフェリックスをシャトルから追い出してしまいます。
軍曹はこの時点で、フェリックスを嫌いになったわけではありません。むしろ好意を持っているからこそ、彼を遠ざけたと解釈できます。過去に過失から「好きになった人」を死なせてしまったのです。彼女が遠ざけるのは少なくとも「好きになる可能性のある人物」であるはずです。
しかし、そんなことは知る由も無いフェリックスは、彼女に嫌われたと思い込み、肩を落とします。二人はすれ違ったまま、終盤のラストバトルまで再会することはありません。
二人が再会した時には、すでに「シュガー・ラッシュ」世界は大変な事になっていて、二人は仲直りする間もなくラストバトルへ突入します。
この辺りの詳しい語りは、他の機会に譲るとして、ともかく二人は「シュガー・ラッシュ」を襲う危機に対して共闘します。ラルフ、ヴァネロペの帰路を確保する為、最後の最後までステーションへのゲートを守り貫くのです。(ナチュラルにヴァネロペを守り、誰の事も見捨てようとしない二人の姿勢に、胸が熱くなります)
二人の仲直りはエンディング間近の、たった1シーンに集約されます。危機が去った後、憑き物が落ちたような顔で、珍しく微笑みを浮かべている軍曹のほっぺに、フェリックスがいきなりキスをするのです。
いささか空気が読めない所があるとはいえ、ジェントルマンのフェリックスがそんなことを・・・と初見ではちょっと驚きましたが、後に謎が解明しました。彼は「Fix-It Felix Jr.」のゲームで勝利した時、いつもアパートの住人の女性に、「ほっぺへのキス」を貰っているのです。構図まで全く同じであることから、多分彼は「勝利のキス」のつもりでそれを行ったのだと考えられます。「ありがとう。君のおかげだよ!」と、彼女の健闘に対し賞賛を贈りたかったのではないでしょうか。(「ヒーローズ・デューティ」では、ゲームキャラ達の仕事はプレイヤーの補佐であり、どんなに健闘してもメダルなどの賞賛をもらうことはありません)
軍曹は鬼のような形相でフェリックスの胸倉を掴み上げますが、瞬間笑顔を見せ、フェリックスにキスを返します。フェリックスの素直な気持ちは、真っ直ぐに彼女の心に届き、彼女の頑なな心の一部を溶かすことができたようです。(二人の周りにわかりやすくハートが舞っているのは、多分フェリックス側の仕様と思われます)
彼のやることなすこと、彼女には予測不可能で、さぞカルチャーショックだったことでしょう。でも彼女はそのちぐはぐさも含めて、楽しんでしまうことを選んだようです。
生まれ育った環境も、等身も、性格も、解像度も、なにもかも違う二人が、そんなもろもろの「自分と全く違う個性」を受け入れ、乗り越えていくという事は、この作品のテーマの中の一つだと思います。二人のこの先の末長い幸せを祈りたいと思います。きっと彼なら、いつか彼女のトラウマも「直して」くれることでしょう。