”頼んだよ。”
 

 

 

 

 

眠りから覚める直前に聞いたその声は、どこかで聞いた記憶があった。
 

 

…シャ。…カシャ。…カシャ。
 

 

意識の浮上とともに瞼越しに時々光が差し、聞き覚えのある音に目を開けた。
 

 

「ん。眩し…」
 

 

腕を翳し、光を遮る。
 

 

「雅紀?」
 

 

ふと腕の中に収めていたはずの最愛の人の気配がそこにないことに気づき、慌てて目で探すと、ベッドから降りた端のところで頬杖をついてこちらを見ている雅紀を見つけた。
 

 

俺を映す雅紀の水分量多めの瞳はこれまでになく穏やかで、凪のよう。
 

 

 

 

「…眠れた?」
 

 

そう尋ねるとこくりと頷き、ここに来た時のような悲愴感は感じられず安堵した。
 

 

良かった。
 

 

そう言おうとした時。
 

 

「しょーちゃん…」
 

 

少しだけ早く雅紀の方が口を開き、俺に向かって笑いかけた。
 

 

その笑顔はあまりにも美しく、あまりにも儚くて思わず言葉を失った。
 

 

けれど次の瞬間、雅紀はくしゃっと目尻に皺を寄せ、笑ったまま涙を零した。
 

 

泣いている姿でさえ綺麗なことに心を奪われ、見惚れてしまった。
 

 

「しょーちゃんっ」
 

 

雅紀が両手を伸ばしベッドに上がってくるのを、急いで体を起こして受け止める。
 

 

「どうした?!どこか痛い?怖い夢見た?」
 

 

抱きついてしがみつく雅紀の背をきつく抱きしめながら聞くと、何度も首を横に振る。
 

 

「しょーちゃん、あのね。
 

あの人が、言ってくれたんだ。
 

オレにはまだやることがあるだろって。
 

こっちに来るには早いよって。
 

しょーちゃんがオレの手を掴んで走ってった時、オレ、後ろを振り返ったら、それまで真っ黒だったあの人の顔が見えたんだ。
 

 

笑ってた。
 

もう大丈夫だねって。
 

絶対その手を離しちゃだめだよって」
 

 

何度も嗚咽しながら、手加減なしのフルパワーで俺を抱きしめてくる。
 

 

雅紀は夢で見た話をしている。
 

 

だけど、俺はその時自分の身に起こったことを思い出していた。
 

 

目覚める前に聞いたあの声に、確かに俺は託された。
 

 

あの声は…、間違いなくあの人のものだった。
 

 

「しょーちゃああん」
 

「…ん。…うん。…うん」
 

 

わんわん子供みたいに泣く雅紀の頭を撫でながら、気づかれないように俺は滂沱の涙を流した。