夢見が悪いのだと涙混じりに雅紀は言った。
俺の腕にしがみついたまま訥々と語られる内容は惨憺たるもので、眠りに落ちるのが怖いと怯えるのは無理もないことだった。
だけど周囲にはそんな素振りも見せず、笑顔を絶やさず仕事に打ち込む姿は想像に容易かった。
「…………」
俯く頭に手を置いてそのまま力強く引き寄せた。
「…しょーちゃん?」
「寝ろ」
「へ?」
「このままこうしててやるから、おまえは寝ろ。どれだけ魘されても、いるから。おまえが何度目を覚ましても俺はここにいるから。だから今だけは安心して寝てろ」
心臓の音が聞こえるよう、自分の胸に雅紀の耳を押し当てる。
雅紀が心に抱えた昏い闇を知っても今の俺が出来ることなんてこれぐらいしかない。
根底の解決にはならないのが分かっていながらそんなことしか出来ない自分が不甲斐なく、少し強めに自分の唇を噛んだ。
「しょーちゃん…」
少し強引なやり方ではあったけど、雅紀は嫌がる様子もなく静かに目を閉じた。
それからしばらくして、瞬間的に雅紀の体から力が抜けたかと思うとすぐに身震いをして、また力が入るといった行動が繰り返された
夢と現の狭間で揺蕩っているのだろう。
その度に俺は雅紀の体を強く抱きしめたり背中を優しく叩いたりしながら、心臓の音を聴かせ続けた。
初めの内は雅紀は何度も目を開けた。
その度に俺は瞼にキスをして、目を閉じさせた。
俺の姿を確認して、安心してまた浅い眠りにつく。
何度も何度も同じことをしていく内にだんだん雅紀の体が震える回数が減り、力が抜ける時間が長くなり、ようやく穏やかな寝息が続いて深く眠り始めた。
雅紀を腕の中に収めたまま時間を確認したくて少しだけ身を捩ると、途端に雅紀の眠りが浅くなり慌てて動くのを止める。
「…んん。……スー、…スー」
聞こえてくる安定した呼吸に安堵して、時計を探すのは諦めた。
ずれた肌掛けを引き上げ雅紀の体を肩まで包み込む。
胸の上に置かれた手の温もりと穏やかな呼吸。
ずっとあるものだと思っていたこれが突然奪われる事があるなんて誰が想像しただろう。
心のどこかで、これから先も当たり前に続くと思っていた。
そんな保障、どこにもないのに。
今いるポジションをある日突然失うことは珍しいことではない。そこに対しては常にある程度の覚悟はしている。
でもまさか自分の明日があるかどうか確信できない日が来るなんてことは、流石に漠然としか考えてはいなかった。
引きこもっている間は、こんなに自宅にいられる時間なんて長い間なかったからそれをいいことに今まで出来なかったことをやりまくって、自分の知見を広げられたなんて思っていたけど、人一倍繊細な雅紀のメンタルケアにまで気が回らなかったことは大いに反省すべきで。
当たり前だと思っていた愛する人と明日を迎えられることが、実は奇跡的なことだと気づかされた。
「…しょ…ちゃ…」
「ん。いるよ」
ごそ、と身動ぎ呟いた雅紀を抱きしめ髪にキスを落とす。
触れている体のあたたかさに自然と自身の瞼も重くなり、いつしかそのまま自分も夢の中へと誘われて行った。