勢いよく飛び出したものの、車を走らせている内に冷静になるのはよくあることで。
 

 

運転することに集中するからか、短時間で頭の中が冴えて物事の整理がしやすくなるから煮詰まった時などは、わざと都内を流しに走ることもあった。
 

 

元々は短気を起こしやすい性格で、学生の頃から何度かその事を指摘されていた。
 

 

けれど大人になった最近は感情を上手くコントロールできるようになったと思っていたが、雅紀のこととなると途端に我を忘れてしまってこのザマだ。
 

 

こんな時、もっと子供だったら何も考えずに雅紀の家まで突撃できたのに。
 

 

この齢になるとさすがに感情の赴くままに行動に移すことがどれほど危険か考え、躊躇してしまう。
 

 

疑いとは言え本来はまだ自宅待機を余儀なくされている身な訳で。
 

人に会うなんて以ての外なんだけど。
 

やはり結果が出ていないうちは早計か。
 

 

服は部屋着のままだし、ひげもまだ残したまま。寝癖も全開。とりあえず車に積んでいる帽子とマスクで誤魔化している。
 

 

まだ日は高いが、外出自粛が利いて人気はそれほど多くないのが救いか。
 

 

とは言え無防備に街中で路上駐車するのも気が引ける。
 

 

大通りを避けた静かな場所を探し、そこに車を停めて電話を手にした。
 

 

「あ、もしもし、櫻井です。お疲れさまです。今電話してても大丈夫?」
 

 

シートに体を預けると帽子がずれて丁度いい具合に顔を覆った。

 

これなら外から見ても俺だと気づかれることはないだろう。
 

 

『あ、お疲れさまです。もう少ししたら連絡しようと思っていたので丁度良かったです。最終検査の結果があがってきました。陰性でした』
 

「マジ?!」
 

 

思わず身を起こすと帽子が転がり落ちた。
 

 

『はい。夕方までに連絡が来る予定だったんですが、早めに連絡来ました。間違いないです。これで安心して復帰できますね』
 

「ありがとう」
 

 

想定内とは言え、一抹の不安はあっただけにこの朗報は溜飲が下がるものだった。
 

 

顔を見られぬよう体を横向けにしてドア側に背を向け、もう一度シートに身を預ける。
 

 

「あー、良かったぁ。マジで」
 

 

これで心置きなく雅紀に会いに行ける。
 

 

 

そう思ったのも束の間。
 

 

『・・・それでですね、ひとつお伝えしておきたいことがあるんですが・・・』
 

「ん?なに?」
 

 

さっきとは打って変わって声のトーンが一段階落ちたマネジャーの様子に、自然とこちらの声も低くなる。
 

 

姿勢を戻すついでに拾い上げた帽子を膝に乗せ、正面に座り直す。
 

 

『実は相葉さんなんですが、今回のことで相当滅入ってるらしく、向こうのマネジャーから心配な話を聞きまして・・・』
 

「分かった。じゃあ俺から直接本人に伝えておくから。・・・うん。じゃあまた」
 

 

電話を切って、シートに凭れ掛かり宙を仰ぐ。
 

 

「・・・」
 

 

ふー、と長く大きな息を吐いて、帽子を被り直して気合を入れる。
 

 

後ろに添えた左手と帽子の鍔を掴んだ右手の力強さがそれを物語る。
 

 

 

待ってろよ、雅紀。