『でもさでもさ、しょーちゃんのヒゲ面って久しぶりかも。今まででもここまで伸ばしてるのってなかなかなくない?』


「あー、まぁそうだなぁ。ここまでほったらかしたのはなかったかもな」
 

 

役で伸ばしたことはあったけれども、あの時だってある程度のところで整えて作っていたから、ここまで無造作ではなかった。
 

 

無意識のうちに口許に触れる指が、普段感じることのない独特の肌触りを楽しむように何度も行き来する。
 

 

「でもそろそろ剃り時かな。もうすぐ俺も復帰できる訳だし、さすがにこの姿を視聴者に晒す訳にはな」
 

『えっ!!もう剃っちゃうの?!』
 

「お・・・おう」
 

『なんでっ!まだいいじゃんっ。せめてオレが生で見るまで待ってよ』
 

「見るまでったっておまえ、次会うの収録の時だろ。その前にもう俺生放送の番組出てるよ」
 

『ええー、ヒゲのしょーちゃん見たかったのになあー。触って撫でてみたかったなー』
 

「オイ。人の顔オモチャにすんじゃねぇよ」
 

『ひゃっひゃっひゃ。バレたか』
 

「バレるわ」
 

『・・・・・・へへっ。でも、もうすぐ会えるんだよね。しょーちゃんに。ゼータク言ってちゃ駄目だよね・・・』
 

「雅紀?」
 

『グスッ・・・。オレ、嬉しいんだ。しょーちゃんが元気になってさ。・・・本当に嬉しいんだよ。オレ、めっちゃ怖くて・・・、毎日電話したり、ラインしてたけど、繋がらなかったらどうしようとか既読つかなかったらどうしようって、本当に毎日毎日、オレ・・・怖かっ・・・』
 

「まさ・・・」
 

『・・・っ、・・・・・・。・・・、・・・っ、・・・、・・・、・・・』
 

 

時折、小さくくぐもった音だけが鼓膜を震わせる。
 

 

それはもう完全に声ではなく、音で。
 

 

時々切なげに苦しそうに息を吐くのが聞こえる。
 

 

 

なあ、雅紀。
 

 

 

そんな風に泣くな。
 

 

 

自分の手で、口を塞いで、声を殺して、独りで泣くなよ。
 

 

 

頼むから。
 

 

 

俺のいないところでそんな風に泣かないで。
 

 

 

嫌なんだ。
 

 

 

雅紀が傍にいないことを実感させられるから。
 

 

 

会って、抱きしめて、キスをして、黒目がちな瞳から零れ落ちる涙の粒を一滴だって残さず掬い取りたいのに、そう出来ないことが辛いんだ。
 

 

 

泣くなら俺が傍にいる時にしてよなんて思うのは我儘かな。
 

 

 

ゴトンと耳元で大きな音がしたかと思うと、雅紀の音が遠くなった。
 

 

恐らくスマホを手元から離したのだろう。
 

 

遠くで雅紀のしゃくりあげて泣く声がして、心臓のあたりがキューっとなった。
 

 

その声が切なくて、愛しくて、自分まで泣きそうになる。
 

 

電話越しのこの距離がもどかしい。
 

 

 

今会いたい。すぐ会いたい。今すぐ抱きしめたい。
 

 

 

『・・・ぃたい・・・』
 

「・・・・・・っ」
 

『しょ・・・ちゃんに、会いたい・・・ッ』
 

 

腹の底から絞り出すような、悲痛な叫びが聞こえた瞬間、ぷつりとどこかで何かが切れる音がして、気づいた時には車の鍵を手に部屋を飛び出していた。