マネジャーから折り返し連絡が入り、この後の生放送と明日の収録に音声で出演させてもらえることなった。

 


肉声を届けることで、出演者と視聴者に直接お詫びを伝えることと自分の様子を伝えることが出来る。

 


それで少しでも安心してもらえればいいなと思う。

 


マネジャーにも感謝を伝え電話を切ったらまたすぐに鳴った。
 

 

相手を確認して電話に出る。
 

 

「…はい」
 

『しょーちゃんっ!?』
 

「あ、雅紀。ごめ」
 

『大丈夫なのっ?!もう病院は行った!?熱以外、他に症状はっ!?頭痛いとか、吐き気とかっ!あっ!!ねぇっ、匂いはっ?!味分かんのっ?!ちょっと、聞いてんの!?しょーちゃんっ?!』
 

 

予想はしていたが、想像以上のテンパり具合。
 

 

こっちの話を遮り…と言うか、俺の声は多分届いてない。
 

 

スマホが震えそうな声量に、思わず腕を伸ばして耳までの距離を取り、反対の耳に指を突っ込む。
 

 

何度か声をかけてみるも一向に止む気配のないマシンガントークに、語気を強めて名前を呼んだところでようやく一瞬だけ間が生まれ、会話の糸口を掴んだ。
 

 

「ちょっと落ち着けって。…病院はまだ熱出たばっかだから行ってない。今んところ、発熱以外の症状はなくて、頭痛も吐き気もない。食欲もいつも通りある。匂いもちゃんと分かるし、たぶん大丈夫だとは思うんだけど、一応、ね。万が一のことも考えて、さ…」
 

『…………』
 

 

あれほど騒がしかった電話の向こうが嘘みたいに静かなままになる。
 

 

「…心配、かけてごめん」
 

『…………うん』
 

「不安、だよな。嫌だよな。怖い思いさせて、ごめんな」
 

『…………ううん』
 

 

時折、ズッと鼻を啜る音で電話の向こうがどうなってるかなんて想像に容易い。
 

 

みんなに連絡を入れた時点で雅紀の反応は分かってた。
 

 

「雅紀、泣かないで。泣いてもそっちに行ってやれない。俺のせいで泣いてる雅紀を泣き止ませられないのは俺が辛いんだ…。だからごめん、今は泣かないで」
 

『うう…しょーちゃ、オレ…、しょーちゃん家、行けなくてごめんなさ…。ごめ…』
 

 

何度も声を詰まらせながらごめんと繰り返し、会いに行かない自分を責める雅紀の姿が目に浮かぶ。
 

 

「いいんだよ。それで。それが正しいんだ、気にすんな」
 

『でも…』
 

 

深く落ち込んでるのが分かる暗く沈んだ声。
 

 

「大丈夫。まだそうと決まった訳じゃないから。な?」
 

『…………』
 

「もしもそうだったら…、あの時行かなければ良かったと後悔しないための選択なんだから、俺も、お前も、あの選択は間違ってなかったって証明しよう?」
 

『うん…』
 

 

 

一ヶ月前、雅紀は芸能界の父と慕う大切な人を亡くした。
 

 

大事な人を亡くして深く傷ついた雅紀の心の傷はまだ全然癒えてない。
 

 

体調不良ため入院したと聞いた矢先の訃報に放心状態の雅紀の姿を知る俺は、こんな風に誰かを悲しませることにならぬよう、これまで以上に体調管理に努めていた。
 

 

今のところ直接俺に繋がる感染経路は見つかっていないので、可能性としては低いと思われるが、もしかしたら別の病気の可能性だってある。
 

 

とにかく、潜伏期間はひたすら我慢して時が過ぎるのを待つしかない。
 

 

「今日、この後生放送で電話出演させてもらえることになったし、明日の収録も電話するから。なにかあればマネジャーに言ってくれたらいいから」
 

『ふ…。うん…、あっ!オレ、差し入れするよ!食べるものとか、飲むもの必要でしょ。マネジャーに渡しとく!!それならいいでしょ!?』
 

「うん。じゃあお願いしようかな。適当に見繕って渡しといてくれる」
 

『分かった!!しょーちゃんの好きな物いっぱい入れとくね』
 

「ふふ。ありがと。じゃあそろそろ切るぞ」
 

『うん!!またね』
 

 

少しだけ明るい兆しを見せた雅紀の声にホッとして電話を切った。