マネジャーと協議の結果、今日の生放送への出演は見送ることになり、翌日のレギュラー番組の収録も欠席することになった。
関係各所への連絡はマネジャーがしてくれることになり、折り返しを待つ。
今の時点では、若い世代は重症化しない。主な症状に発熱以外に嗅覚異常が多数報告されていて、発熱だけというのは少ないという報告がされている。
だからたぶん自分は大丈夫だと思う。てか、そう思いたい。
でも発熱の症状以外は今のところ皆無とは言え、24時間後は分からない。
もしかしたらそれ以降に発症する可能性だってゼロではない。
ないと断言出来ないことに不安を覚えて急に胸がドキドキする。
今は検査機関の需要と供給の関係がアンバランスで発熱後もすぐには検査はしてもらえない。発症後、何日か経過してやっとという状況で。
だから発熱したばかりの俺は病院を受診することも出来ず、様子を見るしかない。
とにかく今出来ることは、万が一に備えて自宅から一歩も出ないこと。
部屋着に着替えたものの落ち着かず、何度もスマホを見てはポケットにしまい、腕を組んで無駄に部屋の中をウロウロしては意味もなく何度もカーテンを開け閉めしたり。
微かな音も着信音に聞こえてその度にスマホを確認しては肩を落とし。
駄目だ駄目だ。ちょっと落ち着こう。こういう時は酒でも飲んでちょっと…、って酒はマズいか。
リビングにいるとどうしてもキッチンが目につくので寝室に移動する。
ベッドに倒れ込むようにうつ伏せでダイブした。
「あー、嫌だなあ。仕事、穴開けちゃったなあ…」
誰に言うでもなく口に出してみた。
今までなら、これぐらいの熱で休んだりしなかったのに。
どんなに寝不足だって、風邪ひいたって、怪我したって、やって来たのに…。
発熱ぐらい、大したことじゃないのに。
そう思ってしまうのは10代の頃から働いてきた故か。生まれ持っての性格か。
集団で仕事をする上で、どんな理由であれ体調管理の出来ない人間は責任感がないように思われがちで、自己を犠牲にすることを美徳とするきらいがある。
個人的には以前からその考え方には疑問を抱いていて、体感は人それぞれで違うのだから自分の体感を相手の基準にするのは違うのではないかと思っていた。
痛みに対する耐性や熱にしたって平熱次第で我慢の限界は違うはず。
俺は痛みや熱には我慢強い方だと思うから多少の体調不良が即影響することはない。
でも時々共演者やスタッフの中に、明らかに無理をして働いている姿を目にすると、辛い時には無理をせず休みたいと言える環境が当たり前に出来ないだろうかと思考を巡らせることもあった。
面倒くさくて仕事をサボって休むのとは訳が違うのだから、無責任だと責められないように、休むことに罪悪感を感じずに済むような風潮をいつか作れたらいいと思った。
ああ…、そうだ。みんなにも言わなきゃな。
自然と深い溜め息が出る。
連絡もなく生放送で自分の姿がなければ心配をかけるだろうし、今後迷惑をかけるのだから、自分で報告しなければ。
心配…するよな。
この後の展開を想像すると気が重いが、そうも言ってられない。
起き上がってスマホを片手にリビングに戻って5人のグループラインに連絡する。
体温計の写メも送った。
次々と既読がついて、返信が来る。
みんなの温かい言葉に罪悪感が少しだけ薄らいだ。
一人だけ返信が来ないが既読にはなっているから読んではいるはず。
仕事中だったか?それなら既読スルーでも構わない。
そう思った次の瞬間電話が鳴った。