階段を下りて一番奥にある洗面所で、とりあえず汚れを水で流す。


ジャーっという水音と共に排水口に吸い込まれて行き、そのまま服を引っ張って着たまま洗い流そうとしたけど、思いのほか洗いにくくて一旦水を止めて服を脱いだ。
 

 

「・・・落ちないかなぁ。どうなんだろ。撮影までに乾くかなー。無理かなー」
 

 

前屈みになって独り言を言いながら力を入れてゴシゴシ擦ってみるけど、やっぱり完全には落ちない。
 

気のせいか、ちょっとにおいもするような・・・。
 

 

濡れた衣服に鼻を寄せてクンッと嗅いでみたところ、服や水とは違うにおいが混じっている。
 

 

「うーん。どうしよう。やっぱり取れないかぁ」
 

 

とりあえず水を絞り姿勢を戻そうと何気なく視線を上げた瞬間。
 

 

「ひ・・・っ」
 

 

洗面台の鏡越しに僕を見てる人と目が合って、慌ててまた起こしかけた体を中腰に戻し視界から消した。
 

 

いつのまに!?
 

 

今の今まで人がいる気配なんて全く感じなかったのに。
 

 

一体いつから?
 

 

心臓がバクバクとものすごい速さで動き出す。
 

僕の全身が危険だと警告のアラームを鳴り響かせる。
 

 

怖い。
 

 

ホテルで迷子になった時と同じで、心身が恐怖に支配される。
 

視線が後ろ姿に突き刺さってくる。
 

 

「・・・・・・・・・」
 

 

中腰でいるのがきつくなってきても怖くて体がそれ以上動かない。全然動けない。
 

振り向くことももうできない。
 

 

怖い。怖い。怖い。
 

 

あの時は櫻井くんが偶然助けてくれた。
 

 

でも今は誰もいない。
 

 

どうしよう・・・。
 

 

何も出来ない。

 

 

何かされたらどうしよう。

 

 

あの時みたいに腕を掴まれたら?

 

 

思い出した途端、どうしようもなく怖くなってギュッと目を瞑った。
 

 

「だいじょうぶ?」
 

「・・・・・・え?」
 

 

その声は僕の予想に反して、優しい声だった。