「カズっ!?」
 

「うぇ・・・っ」
 

 

慌てて声をかけると真っ青な顔をしたカズがギュっと目を瞑っていた。
 

さっきの揺れがカズの船酔いに拍車をかけた。
 

 

ヤバい。袋。と思ってもすぐには見当たらない。誰かに頼んでもこのままじゃ間に合わないかもしれない。
 

 

「カズっ!ここに吐いて!」
 

 

受けるものが何もないから咄嗟に後ろから両手を丸くして差し出した。
 

 

「ダメ。まーくんの手、汚れちゃうから」
 

 

カズは口を覆ったまま首を横に振る。
 

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?いいから、吐けって!!」
 

 

オレの手なんてどうだっていいんだって。
 

吐いたら楽になんだから吐けるなら吐いた方がいいのに。
 

ああ、もう。後ろからだと身動き取りづらいな。
 

 

急いでカズの後ろから脱け出し、正面に回る。こっちの方がカズも壁にもたれられる。
 

 

「ぃやだよ。んな高そうな船汚しちゃったら、クリーニング代・・・払えないじゃん」
 

 

こんな時まで金の心配?!
 

どこまでもカズらしいっちゃカズらしいけど、今はそんなこと言ってられないってのに。
 

強情だな。
 

 

「吐けって」
 

「イヤだってば」
 

「もうっ!カズのわからず屋っ!!」
 

 

グイグイと手をカズの顔に押し付けると、嫌だとそっぽを向かれる。
 

 

 

そうこうしてると、またヘリの音が近づいて来て船の周りが大きく波打ってきて、さっきより揺れが激しくなった。
 

 

ちょっと!!ヘリあんまりこっち来んなよ!しばらくどっか行け。
 

 

思いっきりヘリを睨みつけた。
 

 

「カズ、大丈夫?」
 

 

カズにぶつからないように膝立ちになって上から覆い被さるみたいに腕を突っ張って、壁に手をついて下を向いた次の瞬間。
 

 

「・・・っ!!」
 

 

ゴボッと言う音と共に顔を上げ、思いっきり目を見開いたカズと目が合った。
 

喉が下から上に大きく動いたのが見えて、カズはほっぺを限界まで膨らませた。
 

そして、ぶるぶる震えながら何をしようとしているのか分かり、思わず声を荒げた。
 

 

「飲むなっ!!」
 

 

俺を見上げながらカズの体がビクビクッと震えたかと思うと、涙を零し、訴えかけるような表情で左右に一回ずつ首を振った。
 

 

そして、指の隙間から口の中で押さえこめなくなったものがとろりと溢れるのが見えた時、オレは自分の服を掴んでもう片方の手でカズの頭を胸に抱え込んだ。
 

 

 

 

「カズ。出せ」
 

 

 

 

まるでオレのものとは思えない低い声が出た。
 

 

カズは、その声を合図に、そのままそこに・・・吐いた。