「・・・あのオッサン、めちゃめちゃ怖ぇな」
「な。あんな人いたっけ」
「わかんない」
「俺も知らねえ」
「・・・・・・」
誰からともなく話題に上がったのはさっき俺たちに怒鳴った人。
他のスタッフにも偉そうな言い方してたからきっと偉い人なんだろうけど、誰もあんまり憶えてなかった。
「スタッフ多すぎて全然憶えらんねぇわ」
「んはは。翔くんが憶えらんないなら俺が憶えられるわけがない」
「・・・あ!!」
俺と智くんが喋っていると、突然潤が大きな声を出して俺と智くんを指差した。
「なんだよ潤。うるせぇな。急にデカい声だすなよ」
「しょおくんと大野さん。衣装カブってる」
「え?!」
そう言われて自分の服を見て、智くんの服を見た。
「ありゃ、ホントだ」
智くんも俺の方を見て、自分の服を引っ張った。
「しょおくんさっきまで紫着てたのになんで!?」
「そんなんこっちが知るかよ・・・って、あ」
キャンキャンうるさい潤が服を引っ張ろうとするからやめろと腕で制しながら思い出した。
さっき、『相葉雅紀』の服を着替えさせる時にテンパったスタッフが俺まで着替えさせた。
カズと『相葉雅紀』の服だけ入れ替えれば良かったのに、俺まで着替えさせたから衣装の組み合わせが変わってしまったんだろう。
「どうする?もう撮影始まるよな」
「とりあえずスタッフ呼ぶ?」
「でも本番中にスタッフが映り込んだらマズいよねえ。またさっきの人怒っちゃうかも」
「別にもうこのままでもいいんじゃねえの?そこまで誰も気にしないだろ」
「・・・・・・」
スタッフを乗せた船は少しずつ離れていくし、撮影開始は間もなくだろう。
撮影が始まってからでは遅い。
潤が言うようにスタッフを呼んで一度撮影を止めてもらうべきか。
だけど、『相葉雅紀』が言うようにさっきのオッサンは今度はなんだとまた怒り出すかもしれない。
智くんが言うように、衣装の色は同じだけど、デザインが大きく違うわけではないから気づかれないかもしれない。
でもよくよく見れば、智くんのは襟まで青い。俺の襟はみんなと同じで黒い。智くんだけデザイン違いに見えてしまう。元々は俺も襟まで紫だったのに。
どうすれば正解か。考えている内にクルーザーの速度が上がった。
「うおっ」
後ろに引っ張られるような感覚に慌てて近くの物を掴む。
真っ青な空と薄い雲の白いグラデーションが広がる景色の中、波を掻き分け前進していく俺たちのクルーザー。
さっきまでののんびりとした速度と違い、頭上の大きな旗が風を受けてバタバタと音を立てて靡く。
何とも言えない不思議な光景と、船の加速に心臓が呼応していくみたいにドクドク言って気持ちが高まっていく。
目の前には四人がいて、俺たちの行く手を遮るものは何もない。
どこまでも続く大海原に全速力で突っ込んで行く姿に、切れ味鋭い刀がズバっと切り裂いていくような錯覚を覚える。ヤバい。なんだこの感覚。今まで味わったことのない高揚感。
ん?
思わず何度か目をしばたかせた。
視界を埋め尽くすようにキラキラと煌めく無数の光と、それを左右にぶった斬るように目の前から真っ直ぐ前に伸びていく太く長い一筋の道。
なんだこれ・・・。
瞬きすら忘れて見開いた瞳に焼き付く光景。
「あっ!!合図出たっ」
潤の声で我に返り、瞬きをしたらもう目の前にはさっきの光景は影も形も無く、青空と海がただただ広がっていた。