「智くん覚えてる?」
「え~?俺そんなこと言ったっけか?全然覚えてねぇわ」
イイ感じに酔いが回っているのか、またクスクス笑い出す。
「偉そうなこと言ってんなあ、そん時の俺」
「いやいや、あん時の兄さんめちゃめちゃかっこよかったからね」
俺は本気で言ったのに、智くんに存外に軽く受け流されたのが悔しかった。
力の抜けた手首をガッと掴んで智くんを見る。
「…俺、本気で言ってんだけど」
思った以上に自分の声音が低くなった。
「…え。や…、あの…、……」
どちらに驚いたのか分からないが、身を固くした智くんは俺と視線がぶつかると気まずそうに目を逸らし、掴まれた手首を見て、言葉を詰まらせて俯いた。
「………ごめん」
「え…」
掴んだままだった手を離し立ち上がり、ソファの後ろに飛んで行ったクッションを取って戻る。
智くんの前に立ち、手にしたクッションを差し出す。
不思議そうな顔で俺を見上げている智くんの手は伸びて来ない。
「ごめんね」
もう一度そう言って、手を取ってクッションを持たせて隣に座り直した。
「翔くん…」
違うんだ。智くんにそんな顔をさせたかったんじゃないんだ。
俺が勝手に自分の気持ちを茶化された気がして一方的に腹を立てたのが良くなかった。
不安げに揺れている智くんの目を見て、大人げなかったと猛省する。
智くんはそんな人じゃないって分かっているのに。
「デビューした後の話し合いでさ、智くんが言ってくれたじゃない。目の前のことに頑張れないやつが他に何が出来るのかって」
「あ、うん」
船上記者会見なんて華々しいデビューを飾った俺たちが、鳴かず飛ばずで低迷していた頃事務所からも発破をかけられ、何度も話し合いをした中で誰かが言った言葉にそれまで静かに聞いていた智くんはそう言った。
「下剋上を起こすのではなく、自分たちの目の前にあることだけ考えればいい。
人と較べない。気にしない。俺たちは俺たちでしかない。
だからひとつひとつ目の前にあることを頑張ろうって」
「うん」
そう言ってくれたからみんなここまでやって来れた。あの言葉のおかげでみんな冷静になれた。
智くんの一言がなかったら俺たちは今頃どうなっていただろう。
キャリアも実力もない子供が息巻いて飛び込んで行ったところで結果なんて残せる訳もなく、その先なんて火を見るより明らかだ。
それよりも地道な努力をしていくことで信頼を得ることの方が大事だと分かっていた智くんがものすごく大人に見えた。
俺と一つしか違わないのに、既に達観している智くんを改めてこの人には敵わないと思ったんだ。
「あの言葉で俺たちの結束が固まったなあって思うんだよね。やっぱ大野智はカッケーんだなって再認識したわけよ」
俺にとっては智くんはいつまでも憧れの背中。初めて練習する時に大野の後ろについて覚えろと言われたあの日から、必死にその背中を追い続けてる。
「だから俺は大野智と同じグループで良かったな、と心底思ってる」
「翔くん…」
言い終えて妙に照れくさくなって慌ててグラスに手を伸ばす。
「俺も…、俺も翔くんと同じグループで、ニノと相葉ちゃんと松潤と、このメンバーで嵐で良かったってマジで思ってる」
同じように智くんもビールを手にしたから、もう何度目か分からない乾杯をしてから飲んだ。