一度気持ちに蓋をしたことで、少しだけ冷静になることができた。
しょーちゃんがこのタイミングでここに来た理由は偶然なんかじゃない。
僕に会うつもりだったのなら、スケジュールを把握しているんだから空き時間だって分かっているはず。
分かっていて会えなかったのは、そもそも、会うつもりが『ない』から。
会えば、面倒なことになるって分かってるから。だから、避けてたんでしょ。
僕にはブライダルモデルと言う仕事があり、しょーちゃんにはブライダルフェアを運営する仕事があって、お互い職責を果たさなきゃいけない。
業務上会う事は避けられないのなら、最低限顔を合わせるだけで済む状況を作りだしてしまえばいいと考えたのだろう。
今なら勝手な行動が出来ないのが分かっていての、このタイミング。
いかにもしょーちゃんらしい。
こんな時でさえ任務を遂行しようとする律儀な姿勢に、笑みすら零れた。
色々考えているうちに小さなキャンドルに全て火が灯され、最後に一番大きな卵型のメインキャンドルに2人で火を点ける。
一際タワーの周りが明るくなり、司会者からこの演出の意味が説明されると各テーブルから祝福の拍手が起きた。
ゆらゆらと揺れる小さな炎は優しく、温かい。
この幸せな家庭を連想させるような柔らかな目の前の風景を、僕はいつまでも見ていたいと思った。
後半の目玉の演出を終え明かりも戻り、手にしていたトーチをスタッフに預け席に戻るため向けた背に鋭い視線を感じた。
まるで心臓を刺すような強い視線に覚えがあった僕は、肩越しに振り返る。
けれどその先にいる僕が予想した視線の主は手にした書類に何かを書き込んだり、隣に立つスタッフとやりとりをして一切こちらを見ていなくて、気のせいだったかと周りに気づかれぬよう嘆息した。
着席とほぼ同時にまた人が動く気配を感じ、ああ、いなくなったんだなと安堵と哀絶を感じた。
今度は視線を送って確認することもしなかった。
だって分かるから。
扉が閉まった途端に感じなくなった気配。
それで全部分かるって、もうほんと僕ってどんだけなんだろうって自嘲するしかない。
今が仕事中で良かったと本気で思う。
そうじゃなければきっと僕は今頃泣いていただろうから。
全てのプログラムを終えて廊下に出て、実際の披露宴でもよく取り入れられているお見送りのサンクスギフトを感謝の言葉と共に参加者一人一人に手渡していく。
「ありがとうございました」
僕らが言えば、参加者からも同じように返されたり、感想を伝えていただいたり。
この中から一組でも多くの方たちが成約してくれますように。
そんな願いを込めて丁寧にギフトを渡して行った。
最後のお客様に手渡して無事に初日を終えることが出来た。
僕らの会場が一番最後だったらしく、しばらく賑やかだったフロアは最後の乗客をエレベーターに飲み込むとあっと言う間に静まり返った。