ドアが開いた瞬間。

 

向こう側とこちら側が繋がる。

 

僕が、日常から非日常に変わる瞬間。

 

 

僕の姿を見た参列者が息を飲む。一瞬で静寂に包まれ、一気に高まる緊張感が伝わる。視線が、意識がすべてこちらに集中する。

 

 

この瞬間の手応えが結構重要で、こちら側の世界観に飲み込まれていくのを感じると嬉しさと喜びが入り混じる。

 

 

僕がバージンロードへ一歩を踏み出した瞬間から、僕の後ろには非日常の空間が広がる。

 

 

同時に僕は種を蒔く。来たるべき時を迎えればこの会場全体に満開の花が咲くように参列者の心の中に丁寧に蒔いていく。

 

 

一歩。また一歩先へ進みながら、種を蒔く。

 

 

この種を蒔く作業は、この後登場する新婦の為に僕に与えられた大切な使命。

 

 

慎重にバージンロードを進む。

 

 

歩き進めながらバージンロードに近い席にいる参列者に預けられていた一輪の薔薇を回収して十二輪の薔薇の花束にする。

 

 

 

今回僕らの模擬挙式に取り入れられた演出は、ダーズンローズセレモニーと呼ばれるもの。

 

 

 

ずっと昔、男性が女性の元へ向かう途中に咲いていた花を摘んでプロポーズをした。そして女性は受け取った花の中から一輪を抜き取り、男性の胸に挿すことでイエスと答えたと言う言い伝えがあり、それが現代でのブーケとブートニアの元になったとされている。

 

一つずつ異なる意味を持つ12本の薔薇を贈ることで、そのすべてをあなたに誓うという意味になる。

 

 

牧師の前にたどり着くより少し手前で止まり、集めた花束を介添人に預け、真っ直ぐ前を見てふたたびドアが開く音を待つ。

 

新婦の入場を待つ間に簡単な説明を入れてもらい、演出の意味を参列者に理解してもらう。

 

 

 

 

 

「新婦の入場です」

 

 

入場の音楽が鳴りドアが開くと、僕の時以上に場の空気が変わる。

 

新婦の美しさに息を飲むこの瞬間も僕は好き。

 

 

僕の蒔いた期待という名の種が芽を出し蕾となり、開花を待ちわびていた花たちが新婦の入場で一斉に咲く。

 

今日も無事に咲かすことが出来たと安堵した僕はゆっくり振り返り、こちらへ向かう2人を待つ。

 

 

 

そこで思わず僕は目を瞠った。

 

 

 

ベールを下ろした笑さんが父親と共に並んでいる様子は最後のリハーサルの時と変わりないけれど、隣に立つ父親がリハーサルの時の人ではなく社長に変わっていたから。

 

 

思わぬ演出にびっくりしたけど、それを悟られないように表情を変えず2人の姿を見守った。

 

 

 

 

しょーちゃん…、ちゃんと覚えてくれてたんだ…。

 

 

 

これが最後のブライダルフェア参加になると決まった時、企画に頭を抱えて唸ってるしょーちゃんの傍で、笑さんが参加してくれるのを聞いて新婦の父親役を社長が出来たらいいのになと何気なく言った僕の一言を忘れずにいてくれた事が嬉しかった。

 

しょーちゃんはいいねえなんて言ってたけど最終リハまでは父親役のモデルさんだったから、てっきり却下されたんだと思っていた。

 

 

まさかこんなサプライズで仕掛けられていたとは。

 

 

 

 

2人で一歩ずつ着実に歩いて来る。僕は笑さんを迎えに少しだけ下がる。

 

 

その間に先ほど預けた薔薇がブーケへと形を変えて僕の手に戻される。

 

 

僕の側までやって来た笑さんは組んだ腕を離し、社長は目を真っ赤にしてバージンロードを降りた。

 

 

 

向かい合わせに立つ僕たち。

 

 

目と目が合って微笑み合う。薄っすら潤んでいる笑さんの目は何か言いたげなようにも見えた。

 

 

 

そして僕は片膝を立て跪き、ブーケを差し出しプロポーズをする。

 

 

笑さんはブーケを受け取り、顔の高さに持ち上げたブーケに祈りを捧げるように一度目を閉じ、ふたたび目を開けてブーケから一輪取り出し僕の胸ポケットにそっと挿す。

 

 

予め仕込まれた新郎側の親族席から拍手が起こり、それが会場全体に広がり大きな拍手となる。

 

僕は立ち上がり、左肘を曲げて差し出すと新婦の腕が絡む。

 

そして、一段上り2人並んで牧師の前へ。

 

 

 

ここからはベーシックな模擬挙式に戻り、誓いの言葉や指輪の交換、ベールアップをして誓いのキスのフリをして、フラワーシャワーを浴びながらの退場で無事に終了出来て、さっきの控室に戻ったところでようやく気を抜くことが出来た。