「ふー…」

 

 

もう何十回と立ってきたのに、未だに入口に立つ時は緊張する。

 

天を仰いで短く息を吐き、目を瞑る。

 

胸に手を当てると心臓がドキドキしているのが分かる。

 

 

「んー」

 

 

目を閉じたままで頭を垂れ、大きく深呼吸をした。

 

 

 

頭の中に蘇るしょーちゃんとマリエさんの姿。真っ青な顔色のマリエさんを抱きかかえるしょーちゃんの焦ったような顔。

 

 

あの時、僕はどんな顔をしていただろう…?

 

 

きっと酷く醜い表情だっただろう。だって、あの時僕はマリエさんを心配するより先に、嫉妬していたんだから。

 

咄嗟に『そこは僕の場所だったのに』と思ってしまった。

 

 

そんなはずないのに。

 

 

一体いつまで僕はそんなつもりでいるんだろう。しょーちゃんは変わったんだ。もう僕の好きだったしょーちゃんはいない。あのしょーちゃんを僕は受け容れる事は出来ないから、諦めると決めたのに。ちゃんと2人を祝福するんだって決めたじゃないか。

 

これからは僕は自分の足で立つんだ。

 

その為に今日は全力でこの仕事をやり切らなきゃ。どこかで大野さんと二宮さんが見届けてくれるだろう。そして何より、様々な演出を企画して僕らへの餞をくれたしょーちゃんの気持ちに感謝して、誠実に応えるんだ。

 

僕らの関係があんな風な終わり方になったことはすごく残念だけど、それとは切り離して考えなくちゃね。

 

 

さあ、頭の中の色んなものをなくして、描くのはお客様のお顔だけ。

 

 

お帰りになる頃には笑顔で幸せに充たされていますように。

 

 

そう願いながらゆっくり息を吸い、最後まで息を吐き切ったところで顔を上げて、真っ直ぐ前を見る。

 

 

「…緊張されてますか?

 

 

僕が目を開けて前を向いたことを合図に、両開き扉の前に立つ片方のドアマンが口を開く。

 

 

「いつだって緊張しますよ。大事な瞬間ですから」

 

 

僕はにっこりと笑って答える。

 

 

模擬挙式でも、模擬披露宴でも、一番最初に扉が開く瞬間がなにより緊張する。

 

 

会場内の視線が一斉にこちらに向けられるあの瞬間。

 

 

慣れない内はあの視線が怖くて仕方なかった。多くの視線に晒されて萎縮してしまいとんでもないミスを犯した僕を励ましてくれたのはしょーちゃん。

 

 

扉の向こうで待つお客様の顔を想像して、楽しんでいただけるように。

笑顔でお帰りいただくために、相葉くんは最初の瞬間だけで構わないから、最大のはったりをきかせてください。後はこちらでなんとでもします。と言ってもらった事で気持ちが軽くなった。

 

結婚式当日に不安や心配は不要な荷物です。その瞬間、その時間を楽しんでもらうだけの非日常の特別な一日です。そんな風にイメージしていただけるようなブライダルフェアを僕は創りたいんですとしょーちゃんは語っていた。

 

 

 

 

扉一枚隔てた向こう側では、軽くおしゃべりをしながらこれから始まる非日常を今か今かと待ち焦がれているのが分かる。

 

こちら側の僕は、今はまだ世間話をしながら和気藹々と扉が開くのを待つ日常空間。

 

 

 

 

「了解。…間もなく扉開きます」

 

 

インカム越しに指示を受けた2人のドアマンが配置についた。

 

 

「はい」

 

 

僕は背筋を正し、前を見据えた。