「…はい。これにて終了となります。お二人とも問題ないようですが、いかがですか」
「僕の方は大丈夫です」
「私も問題ありません」
「分かりました。では、これからお客様のご案内を開始致しますので、暫くお部屋でお待ちください」
模擬挙式場を使っての最終確認を終えて控室に戻ると、間もなく廊下の方から複数の足音と話し声が聞こえて来た。
部屋の壁越しでも伝わってくるお客様の嬉しそうなふわふわした柔らかい空気感。楽しそうな様子が分かる。
この幸せそうな感じがすごく心地好くていいんだよね。僕までその気持ちにつられちゃう。
少しすると足音は遠ざかり、また静寂が戻って来る。
二人して音の方向へ向けていた顔を戻したところで目が合って、お互い微笑んだ。
「マサキと組むのも久しぶりだね。と言っても私はこの仕事自体、久々なんだけど」
「そうですね。笑さんとは本当に久しぶりですけど、最後にご一緒出来てすごく嬉しいです」
笑さんはうちの事務所の社長の娘さんで、普段は都内の会社でOLさんをしている。
事務所が軌道に乗り始めるまでの期間を笑さんがモデルをして支え、今は人手が足りない時だけヘルプとして来てくれていた。
今回は事務所の最後の仕事だから特別に参加してくれることになった。
「マサキさぁ、前に組んだ時ドレス踏んだの憶えてる?」
「うぅ…。忘れたくても忘れられません…」
そう。僕が緊張のあまり、新婦役のドレスの裾を踏んでこけさせてしまった時のモデルが笑さんだった。
「あの時のマサキはガッチガチだったもんねぇ、右手と右脚が同時に出てたもん」
「その節は大変ご迷惑をお掛け致しまして…」
ケラケラ豪快に笑い飛ばす笑さんに対し、いたたまれなくなった僕は頭を下げる。
「いいよー、そんな昔のこと今更。それより、さっき何かあった?」
「何か…とは?」
「私が衣装に着替えてる時、誰か倒れたとかなんとかチラッと聞いたんだけど、うちの事務所の子?」
さっきのマリエさんだ。
「違いますよ。でも気分が悪くなった方がいたみたいで、会場の熱気にやられちゃったんですかね」
出来るだけ平静を装い答える。
「あー、そうか。始まるまでは戦場だもんね。確かに慣れてないとやられちゃうかも。それでその人はどうなったの?」
「あ、さ、櫻井さんと大野さんが付き添って行ったので、大丈夫だと思います」
「そっか。大事ないといいねその人」
「そうですね…」
笑さんはそれ以上深く追求してくることはなく、僕はホッとした。
部屋の外が賑やかになったり静かになったりが何度か繰り返されて、その後ドアがノックされて迎えが来た。
「失礼します。準備が整いましたので新郎様からお願いします」
「おっ。いよいよ宴の始まりですなあ。今回は私の方が久々だからマサキに迷惑かけちゃうかも。なんかあった時は助けてね、旦那さま。うふっ」
「全力でお守りします!」
語尾にハートマークを感じながら旦那さまと呼ばれ、あの時の恩を返すべく力強く返事をした。