俺には忘れられない風景がある。
ジュニア時代、初めて舞台にあがった先輩のコンサート。
上から下まで、先輩の肩越しに見える視界を埋め尽くすほどのペンライトの海。俺の前で歌い踊る人に注がれる熱い眼差し。浴びる歓声。それを一身に受けて立つ揺るぎなく頼もしい後ろ姿。会場をひとつにする歌声。
あらゆる場所を誇らし気に目を細めて一つひとつ丁寧に見ていく先輩の姿はとてもカッコよくて、とても大人びて見えた。
すべてがキラキラと輝きに満ちた世界。なにもかもが初めてで圧倒された。
そしてもうひとつ。
『君はあそこで踊りなさい。』と背中を押されて送り出された先で、カウントを取りながら軽く流しながら踊っていた人が、音楽が流れた途端に雰囲気を一変させた瞬間の横顔。
直前までは笑顔すら見えた。それが音とともに一瞬で影を潜め、軽く伏せた目と通った鼻筋、少しだけ開いた唇がすごく大人びて見えた。
その人のダンスは軽やかで、滑らかで、力強い足音もなく、正に『舞』だった。
踊ると言うより舞うと言う表現が相応しいダンスに、齢13の櫻井少年は完全に魅入られた。
37歳の俺のジャニーズの原風景はここにある。
今、目の前で膝を抱え小さくなってる智くんは、俺にとって永遠の憧れの人。
『どうやったら大野くんみたいに踊れるようになりますか?!』
『どうやって、って言われてもなぁ…。見たまま踊ってるだけだしなぁ、俺』
声変わりも済んでない甲高い声で喋る俺の質問に、困ったようにうなじに手を当てて答えてくれた智くん。
『俺みたいになる必要なくない?櫻井くんは櫻井くんらしく踊ればいいと思うけど』
震える手で触れさせてもらった彼の体は、無駄の少ない筋肉で出来ており、柔らかいのは体ではなく思考回路の方で、この人の柔軟な考えは到底俺の及ぶところではなかった。
『あぁ、もう今日は出来ない。出来ない時はなにやったって出来ねんだから帰るわ。オツカレ』
そう言って颯爽と稽古場を後にする彼を見送ったのは一度や二度ではなかった。
『こら、大野。座ってないでこっち来てちゃんと踊りなさい。なんでおまえはちゃんとやらないんだ』
振付の先生から注意されても、一歩も動かない時もあった。
それでも彼がひとたび踊ればそれだけで周りを黙らせることが出来た。
人が散々苦労して習得したステップを、ほんの一瞬見ただけで覚えて踊ってしまう彼を見て、この人のように踊りたいという櫻井少年の願望は早々に手放した。
頭も体も硬い自分はどうやったって彼のように踊ることは出来ないと悟った櫻井少年は、そこに固執するよりも自分に向いている方へシフトする方が無駄がないと考えた。
見切りをつければそれだけ早く次へ動ける。苦手なものを克服するのも大事だけれど、時間は有限。その中で如何に自分自身の得意とするところを伸ばしていくか。
軽やかに踊れないなら強弱をつけることで軽やかに見せることは出来る。高く飛べないなら逆をとことん低く。
『おー、翔くん。翔くんのダンスはすげぇな。力強ぇのがかっけーな』
ある日仲間と考えて振り付けたダンスを披露した時に智くんがくれた褒め言葉。
『あそこのパートは“翔くん”て感じで俺は好きだな』
人は人。自分は自分。それに気づかせてくれたのは紛れもなくこの人だ。