「え?朱理、起きてんの?朱理?」
雅紀が呼びかけてもすやすや寝たまま、起きる気配など微塵も感じられない。
「…寝てるか」
「いいよ。俺このまま連れてくわ」
わざわざそのために起こさずとも俺が移動すればいいわけで。
抱っこしたまま寝室へ運び、朱理くんを下に俺ごとベッドに寝そべる。
ここで起こさないようにするコツは、すぐには離れずしばらく上に覆い被さっておくこと。
雅紀直伝の方法で、こうするとすぐには目を覚まさないでそのまま眠ってくれる場合が多い。
しばらくそのままでもうそろそろかと頃合いを見計らい、そーっと首に回された手を外した。
一瞬ビクッと反応したが、急いでその手をグーにして握って包みこむと次第に力が抜けていくのが分かる。
毎回この瞬間、俺のスキルを試されている気分になる。
ゆっくりベッドに置き、反対の手は割と簡単に外すことができた。
両手をそーっとベッドにおいても寝たままだったので、ほーっと安堵して掛け布団をかける。
無事にミッションを達成してリビングに戻れば、こちらに背を向けてキッチンに立つ雅紀の姿が目に入った。
寝室のドアを少し開けておき冷蔵庫に向かう。
「あ。寝た?」
「うん」
「そ。おつかれさま。こっちもすぐ出来るから先座ってつまんでて」
会話しながらも調理中の手の動きは止まることはなく、温かい湯気と香ばしいにおいがする。
二人分のビールを片手にテーブルにつけば、俺の座る側に貝やその他にもすぐに食べられるおつまみセットが用意されていた。
どれから手をつけようかななんて考えていたら足に何かが当たる感触がして、テーブルの下を覗きこめば朱理のおもちゃだった。
しまい忘れられたらしいそれを手にして、おもちゃ入れに片付けようとした時にふと目についたのは、ベランダに出る掃き出し窓の不自然なカーテンの膨らみと、部屋の中にちょこちょこと落ちている朱理のお気に入りたち。
「…?」
「はーい、しょーちゃんおまたせー」
とりあえずおもちゃをまとめて片付けて雅紀の待つテーブルに戻った。
「…それでは、改めまして。おかえりなさい。今日も一日おつかれさまでした。そして、お誕生日おめでとー」
「ただいま。雅紀もおつかれさまでした。ありがとうございます」
労いの言葉もお祝いもいっぺんに言われたので、こちらもいっぺんに返して乾杯した。
それからは雅紀の仕事のことや、朱理の保育園での出来事の話、自分の取材内容などお互い今日一日あったことの報告をしあった。
向かい合う二人の席の横にある今は空席のベビーチェアを眺めた時に思い出したのは、さっき見つけたカーテンの膨らみ。
立ち上がってそこのカーテンを捲ってみれば、朱理の友達がちょこんといて、窓の外を眺めていた。
「なんでこんなとこにこの子がいんの?」
お腹に大きなハートマークのついたくまのぬいぐるみは、朱理が生まれた頃からの大事な友達。
「あぁ、それしょーちゃんが帰ってくる前に二人で外見てたんだよ。雪降ってたんだけど、しょーちゃん帰って来る時は降ってなかった?」
「雪?降ってなかったけど、そう言えば地面は濡れてたかも」
よく見れば窓にいくつか点々と小さな曇りが見られた。恐らく朱理の指の跡だろう。
ぬいぐるみを持って戻り、朱理の席に座らせる。
「お父さんまだかなぁなんて言いながら二人並んでる後ろ姿可愛かったよ」
そう言って雅紀が携帯で撮った写真を見せてくれた。
「うっわ。ヤッバ。激カワやん!!ちょ、それ送ってよ」
「ハイハイ」
雅紀が携帯を操作するとすぐに俺の携帯に通知が来た。
「はぁぁぁぁー。なにこのフォルムぅ。まん丸で可愛いなあ」
「ちょっとしょーちゃんデレすぎて顔ヤバいよ…」
「………ふぇぇぇ」
送られてきた画像を早速保存して拡大して眺めていた俺の顔面が崩壊していようがどうだっていい。
愛でる俺の姿に若干引いていた雅紀の声の後に、寝室から朱理の泣き声がした。
「あ、僕が行くからいいよしょーちゃんはゆっくり飲んでて。たぶんそのまま寝ちゃうと思うから後片付けだけお願いしてもいい?」
「わかった。じゃあ頼むわ」
「明日の朝はフレンチトースト作ってあげるね。じゃおやすみ」
「マジで。楽しみ。おやすみ」
言い終えて雅紀の姿が寝室に消え、俺は一人晩酌をして食べた後の洗い物や後片付けをして風呂に入った。