「う~、さむ」
夜遅くに仕事を終え、自宅まで送ってもらった車から降りて目の前に聳える建物を見上げるもそこに明かりはなく、時間を考えれば解っていたこととは言え、一抹の寂しさが胸を掠める。
加えて温かな車内から出たことでリアルなこの時期の外気温との差に俺の心身は一気に打ち拉がれた。
吐き出した息は白く、ぶるりと震えた体に独り言ちて思わず腕を摩り、足早にこの寒さから逃れるように中に向かう。
「は~、あったけー」
エントランスをくぐるだけでさっきまでの冷たさが嘘のように心地好く調整された室内の温度に顔も綻ぶ。
この時間帯は鍵を開ける音さえ廊下に響くような気がして、どうしたって気が引ける。
出来るだけ物音を立てないように細心の注意を払って静かに家に入る。
念のため『ただいま』と声を潜め、不法侵入ではないことを知らせる。
足音を忍ばせ廊下を歩き、ドアを開けて暗闇の中手探りで見つけたリビングの電気を点けた瞬間。
パンパンパンッ。
「っ?!」
派手な破裂音に驚いて目を瞑る寸前、色とりどりの紙が目の前を舞ったのが見えた。
「ハッピーバースデー!しょーちゃん!!」
「おめめとー」
そろそろと目を開けると、心底楽しそうにハイタッチをする二人がいた。
雅紀の手には大きく口を開いたクラッカーが握られている。
「おかえりー」
「おとしゃーん。おかぃりー」
てててと駆け寄って全身でぎゅっと足元に絡みついてきたのを抱き上げる。
「ただいま。てか、朱理くんこんな遅くまで起きてちゃ駄目じゃん」
抱き上げるとすぐに、きゅうううと首に小さな腕が巻き付いた。
肩にこてんと顔を乗せる。
しがみつかれて可愛さと嬉しさに内心悶えまくっているが、心を鬼にして夜更かしを注意する。
そんな注意も全く意に介さずニコニコして、「おとしゃん、おめめとー」なんて言われた日には、その笑顔に俺は完全降伏です!!
悶絶レベルで我が子が可愛すぎる!!!
「どうしてもお父さんにおめでとう言うんだって張り切ってるからさー、どうせ今日は保育園ないし、たまにはいっかなーて。言ったらちゃんと寝るんだよ?て約束もしたしね」
飛び散ったクラッカーの残骸を回収しながら雅紀が言った。
集めた物をゴミ箱に捨てて、俺の前に立つ。
「ほら、おいで朱理」
雅紀が手を伸ばせばいつもなら喜んで飛び込むはずなのに、何故か今回は無反応。
なんなら雅紀の方を見もしない。
「あれ?しゅーりー」
呼びかけても無視。
「しゅーりー?おーい。…朱理?」
「朱理くん?」
もしかして…。
さっきから定期的に首筋に生温かい風が吹きかけられていた。
この角度からでは確認できないから、自分の顔を少し不自然な角度にして肩にある息子の顔を確認してみる。
そこにはすぅすぅと健やかな寝息を立てて寝ている朱理の姿があった。
ぶはっ。やることやったら即寝かよ。
やることなすことツボ過ぎて堪んねぇわ。
「ふふ。さすがにこんな時間まで起きてたらそうなるよねぇ。あ、しょーちゃん着替えなよ」
俺の前に立った雅紀が朱理くんの両脇に手を差し入れたら、肩に乗っていた手が途端にぎゅううう!と力強くしがみついてきた。