最初は軽くビールで始まった二人きりの祝宴は徐々に盛り上がり、焼酎やとっておきのウイスキーも出した。

 

 

智くんも少しだけ俺に付き合ってくれて両方とも飲んでくれたけど、やっぱビールがいいとすぐにビールに戻った。

 

 

 

グループの中でも年嵩の俺と智くんは事務所に入った時期が早い分、『嵐』の記憶は五人一緒でもそれより以前の記憶の共有が三人より少しだけ多い。

 

 

 

 

いつからだろう。

 

 

 

 

酒の場で将来への展望を熱く語っていたのが、懐古する方が多くなったのは。

 

 

酔うことも忘れひたすら自分たちの目指すグループの明日を語り合っていたのに、

今では検査でおすすめなのはどこの病院だとか、昔通っていた馴染み深い場所の現在だとか、とかく健康と過去について語ることが多くなった。

 

 

 

 

 

「あの頃は楽しかったなあ…」

 

 

だいぶ酔いも回った智くんがソファの上で胡坐をかいてクッションを抱きかかえながら、んふふと笑う。

 

 

「何が楽しかったの?

 

 

ふにゃふにゃ笑う智くんを見ていると、自然とこちらの力も抜けて笑顔になる。

 

 

 

 

「…ぜんぶ。全部が楽しかったよ」

 

 

先輩グループのバックについて踊ったコンサートで感じた熱気や、大勢の仲間達と鏡張りのレッスン室で踊ったり、帰りに寄り道して食べたラーメンの味。一人親元を離れ関西で過ごした日々。一日に何公演もあってひたすらフライングさせられたこともみんな覚えているんだと智くんは言う。

 

 

 

それにつられるように、自分の中で掘り起こされた古い記憶たちが堰を切るように溢れかえった。

 

 

初めて行ったオーディション会場の雰囲気や、練習中にとばっちりを喰らって一人怒られたことや、休憩中の先輩たちや後輩たちとの何気ないやりとり、同期のやつらと稽古場以外で遊んだ記憶。中には苦々しい思い出もあるけれども、それも含めて目映い日々だった。

 

 

たった一つのエピソードでも、こんなに話すことがあったのかと思うほど次から次へと話は弾む。

 

中でも当時怖くて有名だった振付師の笑える話は今でもテッパンで、今回も例に漏れず二人で腹を抱えて笑った。

 

 

腹筋が痛くなるほど笑い、智くんはソファからズルズルと背中から滑り落ちてもまだ笑ってた。

 

 

二人して呼吸困難になるぐらいひとしきり笑って、目尻に浮かんだ涙を拭う頃にようやく上がった息も落ち着いた。

 

 

 

智くんが呼吸を整えるように一度深く息を吐いた。

 

 

「はーぁ。…その当時は嫌だなと思うこともあったけど、今思い出しても嫌なのは嫌なんだけど、だけどやっぱり楽しかったんだよ。

 

ただ踊ることだけが楽しかった。

 

なーんにも考えずに踊る事だけ考えていればいい。

 

あの頃は気楽で良かったよ」

 

 

ただ踊ることだけが楽しかった。踊ることだけ考えていればいいあの時代が懐かしい。帰れるものなら帰りたい。

 

 

 

ソファによじ登り、ビールでほんのりと頬を染め、胸元でキュッと抱きしめたクッションに頭を預けて目を瞑った智くんがそう呟いた。

 

 

「今は?もう楽しくなくなっちゃった?

 

 

その姿がなんとも可愛らしくとてもアラフォーの姿には見えないなと思いながら、笑い疲れて渇いた喉を癒すために手にしたグラスの中で氷がカランと音を立てた。

喉を通る琥珀色の飲み物が火照った体を諫めてくれる。

 

 

「今?今は…」

 

 

何をするにも窮屈。制限される。それが嫌だ。

 

 

思いつくままを言葉にするせいか、一言ひとことが短い。

 

 

だけどそれこそが智くんの本音。

 

 

好きな時に好きなようにしたーい。踊る気しない時は踊りたくなーい。

 

 

ケラケラ笑いながら抱いていたクッションをポーンと後ろへ放り投げた。

 

 

そしたら今度は胸の前で両膝を抱えこみ、揃った膝頭に横向きに顔を乗せた。

 

 

はあー、と少し長めに吐いた一息は笑い疲れたことによる呼吸を整える為のものか、それとも…。

 

 

 

少し疲れたように目を瞑るそこには38歳の等身大の大野智がいた。