「普通の生活をしている友達が羨ましいと思ったの?」
そう尋ねたのはニノだったか相葉くんだったか…。
「…羨ましい、とか、誰かと比べてどう、とかじゃないんだよな。
ん~…。
あんま上手く言えねぇんだけど、今の俺は中身が空っぽなんだ。
何をしてもそれは、やれよって言われたことをただ淡々とやってるだけ、みたいな。
なんで俺これやってんだろ。なんでやんなきゃいけないのか。なんでやっちゃいけないのか。
俺が今やりたいことってなんなんだ…て思ったのが始まりで、このまま行くと5年後、10年後どころか2、3年後の俺ってどうなってんのかなって今も先が見通せないのが、今の俺の状態…かな」
智くん自身も、自分の中にある問題と向き合っている最中で、まだ手探りの状態だった。
考えてみればデビューしてからというもの、一寸先は闇で、5年、10年先の未来を見る余裕なんて全然なくて、みんな目の前の自分のことで精一杯だった。
本気で明日のことさえ考えられない日だってあった。
一体いつごろから先のことを考えられるようになったんだろう。
智くんの家は智くんを大らかに育てた家庭だった。
人に迷惑をかけるとか生命に危険が及ぶとか、余程のことをしない限り自由にさせてくれたと智くんは言っていた。
本人は勉強にしろ他の事にしろ取り立てて強制された記憶もなく、かと言って放置されていたわけでもなく個人のペースを大切にしてくれていた事を、事務所に入ってからある日の友達との会話の中で気が付いたらしい。
姉弟でも一人ひとり違う個性の、良いところをのばしてもらった結果が俺たちの知る今の智くんになった。
だからこそ無欲恬淡を絵にかいたような智くんには今の生活が窮屈すぎるんだろう。
事あるごとに制限をかけられ、アレも駄目コレも駄目。中には理不尽なものもあっただろう。そのくせ相手方は要求ばかり突き付けてくるのだから、よくぞ今まで我慢したと思う。
個人的には智くんはもっとはやく音を上げると思っていた。
ジュニアとして活動していく内に、だんだん人の目に留まりたいとか目立ちたいとか、黄色い声援を浴びたいとか、そういう欲が出てくるもんだけど、智くんは違った。
最初からそんなものは求めたりしなかったし、今もそこまで強く求めてはいない。
彼が求めているのはもっと別の物のような気がする。
背を丸め、ズズッと音を立てながらコーヒーを啜る姿はいつまで経っても変わらないんだよなあ。
「…なに?」
視線に気づいた智くんが問いかける。
「うん?何もないけど?」
「なんかそうやってずっと見られてると恥ずかしいんだけど…」
俺から目を背け、カップを口につけたままごにょごにょと呟いている。
「ふはっ。ごめんごめん。そんな見てた?」
「うん。穴が開くかと思った」
そう言って自分の指をレーザービームを飛ばすみたいにして顔にぶつけて軽く顔を傾ける。
「ふははははははっ」
思わず大きな笑い声が洩れた。
2人でこうしていると、小さい頃に戻ったみたいな気分になる。
今も昔も純粋に踊ることが大好きな大野智という男は変わらないんだな。
そう思う内に、自然と智くんを見つめる目が細くなっていた。