ごくん、と嚥下した智くんが今度は俺がしたのと同じように箸を向けて来た。
「ありがと。はい、翔くんもあーん」
「ええ!?俺も?…あー…ん。…む、ウマッ!!なんじゃこれ」
面前に突き出され観念して口を開ける。
想像以上の味に思わず声を張り上げ、瞬間、店内の視線を一身に浴びる。
だが、すぐに何事もなかったかのようにそれぞれの話題に戻って行った。
「美味いね、これ」
「でしょでしょ!?絶対翔くん好きな味だと思ったんだ~」
互いに耳元で相手にだけ聞こえるようなボリュームで話す。くすくすと笑うと息がかかりこそばゆい。
…ん?
ふと視線を感じ、さりげなく追うとチラチラとこちらを見て内緒話をしているらしき女性グループが視界に入って来た。
もしかして俺うるさかったか。
「…ちょっと翔くん聞いてる?」
グイと肩を押され慌てて振り返る。
「あ、ああごめん。なに?」
姿勢を戻す瞬間、さっきのグループを一瞥したがもうこちらを見てはいなかった。
「次の料理来てるって言ったの」
空いた器が下げられ、新たな料理が目の前で湯気を立てている。
「うはっ、美味そっ」
「アチチ」
智くんは一度はレンゲを口に当てたものの熱さにびっくりしてすぐに離し、唇を尖らせて息を吹きかける。
その後も次々と運ばれる料理に舌鼓を打ちながら、最後まで酒を楽しむことができた。
気分良く会計を済ませ店を後にする。
車を拾うために通り沿いに向かい歩きながら手首を軽く持ち上げた。
22時過ぎか…。次行くなら、どうしようかな。行くならあの店かあの店か、もしくは…。
いや、それはないか。
頭を振って思いついた行き先をひとつ消去する。
「ねー、智くん。あのさ…」
通りに出たところで後ろを振り返れば、そこにいるはずの智くんがいない。
「え…っ」
一瞬で酔いも醒めた。
慌てて左右を確認するが、やはり姿がない。
「さ…」
声を張りかけて慌てて手で口を押さえた。
公衆の面前で名前を呼ぶのは危険すぎる。
脈拍が一気に加速する。
体中の毛穴が一瞬で開いて逆立つ。
360度全方向に全神経が研ぎ澄まされる。
「翔くん」
足下から聞こえる慣れた声に脊髄反射で俯くと、そこにはしゃがみこむ丸い塊がひとつ。
「智くん!?どっ、どうしたの?あ、もしかして気分悪い!?食べ過ぎた!?それとも飲み過ぎ!?」
「翔くん落ち着いて。靴ひもが解けただけだから」
途端にオロオロと挙動不審になる俺に、至極冷静に智くんは声をかけてキュッと最後の輪っかを締めて立ち上がる。
「ごめん。そこ出た時に自分で踏んじゃって、声はかけたんだけど翔くんなんかブツブツ言いながら先行っちゃったから」
そう言って上半身で振り返ってさっきまで歩いて来た道を指した。
「あ、そ、そうなんだ。ごめん気付かなくて」
「んや。いいよ別に」
二軒目の行き先を決めるのに没頭していたことを猛省した。
「あのさ、次なんだけど…」