「…そうじゃないだろ。相葉ちゃんがそんなだから翔くんは強くならざるをえないんだろ。相葉ちゃんに頼りたくたって頼れないんじゃん。相葉ちゃんが思うほど、翔くんは強くないよ」

 

 

大野さんは苦々しい顔で、僕がしょーちゃんに甘えていたからだと言い切る。

 

 

「ちょっと大野さん、そんなの今言わなくたって…」

「ニノは黙ってろ」

 

 

珍しく二宮さんにまできつい口調で言う。

 

 

「相葉ちゃん、前に約束したよな。どっちが先に夢を叶えるかって」

「……」

 

 

僕は頷くことで返事をした。

 

 

「相葉ちゃんは目標が出来たって言ってた。どんな目標かは聞かなかったけど、俺はきっとそん時の相葉ちゃんが頑張ってる先に繋がってるものだと思った。少なくともその頃の相葉ちゃんは目標に向かって一所懸命に努力してた。…だけどさ、今は何に努力してんのか俺には見えてこないよ」

「…っ!

 

 

僕なりにずっと努力を続けてきたつもりだっただけにその言葉は痛烈に心に響いた。

 

 

「さっきも言ったけど、俺は相葉ちゃんの目標としてるものの中に今の仕事が関係していると思ってた。だけど、事務所がなくなるって聞いてこれからどうすんのかな、次の所属先はどうなるんだろう。もしかしたらフリーでやっていくのかなとか、翔くんに会った時に聞いても分かんないって言うし、相葉ちゃんなりに悩みどころはいっぱいあんだろうなと思ってた。俺は俺の出来る範囲で、少しでも相葉雅紀というモデルの存在感を示すことで誰かの目に留まるようにと願って写真を撮って協力してきたつもりだった。今度のフェアだって、今んところそれが相葉ちゃんと一緒に出来る最後の仕事だから悔いの残らないよう、出来る限りのことをしようと思ってたよ」

 

 

 

事務所の閉鎖に伴って、新規の仕事を受け付けなくなったせいでどうしたって仕事は減る。

 

だから必然的に大野さんと一緒に仕事をする機会も少なくなっていたから、こんな風に考えてくれていたなんて知らなかった。

 

 

 

「俺でさえ、そう思うんだ。翔くんがどれだけこのフェアに力入れてるか相葉ちゃんは知らないだろ」

「え…?

 

 

しょーちゃん?

 

 

「いつどこで誰が見てるか分かんないから、最後まで諦める訳にはいかないって言ってさ。モデル事務所だって、最後だからって全員同じ事務所のモデルだけにして個人の出演回数を増やし、カメラも自分のところだけで行けるのにわざわざうちも使って、衣装やメイクだって拘っていかにモデルを、ってか、相葉ちゃんを引き立たせるかで選んで、企画段階から相当翔くん拘ってやってっからね。一応面目上は長年お世話になったモデル事務所への餞別とされてるけど、実質は相葉ちゃんスペシャルだからね。今回めちゃめちゃ細かいんだよ、演出から何からほっとんど翔くんが口出してんだから」

「ウソ…ウソだよ、そんなの…。そんなことしたらしょーちゃん、社長に…」

 

 

大野さんの口からどんどん飛び出る言葉が信じられなくて、瞬きをすることすら忘れてしまう。

 

 

「そうだよ。社長が許すわけないと思うだろ。ここまであからさまな贔屓が許されるはずないのに、なんで許可されたと思う?

 

 

僕が社長なら、僕としょーちゃんの関係を知ったら絶対許すはずがない。僕を嫌悪する社長に許可させる理由なんて見当もつかない。

 

 

ふるふると左右に首を振る。

 

 

 

 

 

「『翔くん』だからだよ」

 

 

 

 

 

 

冗談でもなんでもなく、真面目な顔で大野さんは答えた。

 

 

「翔くんが企画立案した内容は、確かに相葉ちゃんスペシャルではあるけどそれを上手い具合に水面下に隠して、表面上はニーズに応えたプランに仕上げたからだ。モデル事務所は今回採用理由ははっきりしてるし、企業としてこれまでホテルのブライダル部門に貢献してくれた会社への謝意としては十分だ。衣装やメイク、装花等についてもコスパや実績に関してきちんと結果を出している中からベストな人材を選出している。逆にあれにダメ出しする理由を見つけだす方が難解なぐらいだよ。もし理由をつけるなら、相葉ちゃんが起用されていることを言わなきゃいけなくなるだろうね。そうすると、なぜ相葉ちゃんが駄目なのか説明しなきゃいけなくなって、それによって翔くんの事にまで話が及ぶのは社長としては避けたいところだから認めざるをえない」

 

 

要はしょーちゃんが優秀だったから上手く事を運べたってことみたいだけど、大野さんの顔は晴れない。

 

 

「だけどね、翔くんが社長の身内だというのが公然となったのも理由のひとつであることもまた避けられないんだよ…。良くも悪くも翔くんが社長の甥である立場を利用したともとれるからね。『社長の甥』に忖度した人もいないとは限らないし、その地位を利用した職権乱用ともとられかねない。だけど、翔くんはそれも踏まえた上で、今回の企画を通した。コストを少しでも抑える為に自分で何度も足を運び、自分が納得するまで何度でもやり直させた。たぶん今回のブライダルフェア、運営側は終わった時にはクッタクタになると思うよ」

 

 

そう言ってちらっと隣に視線を送った大野さんと目が合った二宮さんは、困ったように笑うだけだった。

 

 

「とにかくさ、翔くんは今回だけは相葉ちゃんの為にどうしてもブライダルフェアを成功させたいと思って必死になってやってきたんだ。講習も交流会も勉強会も、確かに必要なことなのは間違いないよ。そこで得た人脈、フルに使って成り立ってるから。だから相葉ちゃんがそんなんじゃ、翔くんが可哀想だ…。しっかりしてくれよ。翔くんに甘えるんじゃなくて、自分の足でちゃんと立て」

 

 

そう言って、クシャ、と僕の頭を一撫でして立ち上がり、二宮さんに風呂入って寝るわと言った。

 

 

「あ。それから、ニノの膝枕は今日だけだからな。明日の朝には返してもらうから。もう次は駄目だぞ」

 

 

リビングのドアを開ける前に振り返ってビシッと指をさし、プンプン怒りながら部屋を出て行った。

 

 

僕と二宮さんは呆気にとられながら、ドアの向こうに消えていく背中を見送った。

 

 

「えっと…」

「今日は俺もここで寝て、相葉くんの話聞いてあげてってことかな」

 

 

理解に困って僕が見上げると、二宮さんも同じ様な顔して笑ってた。

 

 

「い、いいんですか?僕ここで寝かせてもらうだけで十分なんで、二宮さんは大野さんのところへ…」

「いいよ。俺も君と話したいし。ゆっくりでいいから、話そ」

 

 

寝る準備だけしてしまうねと言って二宮さんは冷蔵庫からペットボトルの水を持ってリビングを出ていき、しばらくして布団を抱えてリビングに戻って来た。