大野さんが二宮さんの隣でしゃがみこんで僕の顔を覗きこんでくる。

 

 

「相葉ちゃん。なんで翔くんが距離を置こうとしたと思う?

「それは…、しょーちゃんの仕事が…忙しいから…、僕の…次の、所属先が決まって…ないから…」

 

 

本人がそう言ってたんだから、間違ってない…、けど。

 

 

「うん…。相葉ちゃんは本当にそれが理由だと思ってる?それで納得した?

 

 

 

 

僕自身、同じことを考えてた。

 

それはきっと建前で本音はそうじゃないだろうと。

 

 

「でも…しょーちゃ…は、そうだ…って…言っ…」

 

 

でもしょーちゃんがそう言うんだ。しょーちゃんが僕に嘘をつくことはないんだから、それが理由だって言うんなら、そうなんだ。

 

 

「………」

「だって…、しょーちゃん…。しょー…ちゃん…が」

 

 

大野さんは黙って僕を見てる。

 

僕の意見を肯定も否定もせずに、じっと僕の目を見てる。

 

ただ見られているだけのはずなのに、問い詰められてる気持ちになる。

 

 

『本当に?

 

『本当にそう思うの?

 

『本当はもう分かってるんじゃないの?

 

 

 

 

「う…」

 

 

分かってる。大野さんは何も問い掛けてなんてない。本当は大野さんの姿を借りた僕が問い掛けてるんだ。

 

僕の中にある気持ちがそれを認めたくなくて、自分がしょーちゃんを疑ってるなんて思いたくないから、大野さんのせいにしようとしてるだけなんだ。

 

 

「相葉くん?

「う…う…」

 

 

様子を見ていた二宮さんから心配げに声をかけられ、僕はこれ以上考えたくなくて、大野さんを見るのを止めようとした時、グッと顎を掴まれた。

 

思ったより力が強い。

 

顎を持たれたことで顔を下げられない。

 

 

「翔くんがなに?

 

 

気のせいかもしれなけど、大野さん、…怒ってる?

 

 

口調は穏やかだけど、伝わる指の力の強さからそんな気がした。

 

 

「…しょーちゃんは…僕がいなくたって、平気、だ、から…」

「なんで平気だなんて思う?

 

 

僕が話し出したことで、大野さんの手が離れた。

 

 

 

 

僕からの連絡が途絶えたって気にならないし、僕と会えなくたってしょーちゃんは気にも留めない。

 

 

僕という存在がしょーちゃんを充たしていたのはきっと最初のうちだけ。

 

 

その証拠に連絡を欲しがるのも、会いたいと思いを募らせるのも、いつだって僕の方。

 

 

これまでしょーちゃんからお呼びがかかった回数なんて片手で事足りる。

 

 

その事実を改めて言葉にすることで、考えないようにしていたのに自分の言葉が僕を深く傷つける。

 

 

「それは…しょーちゃんは…僕がいなくて困ることなんてないから…。なんでも、自分で、出来る人だから…。いつだって、求めるのは、僕ばっかりで…、しょーちゃんからは全然なくて。だから…」

 

 

 

 

しょーちゃんは僕なんかに頼る必要ないぐらいなんでも出来る人。

 

 

 

仕事は出来るし、性格だっていいし、行動力もあるし、もちろん顔だってモデル並みに超イケメン。

 

 

 

僕にはしょーちゃんじゃなきゃ駄目だけど、しょーちゃんは僕じゃなくても良かった。

 

 

 

しょーちゃんが必要なのは、しょーちゃんのことを最優先に考えてくれる人。

 

 

 

だからそばにいてくれる人を選んだ。

 

 

 

 

 

「僕だって…、僕だってしょーちゃんに頼られたかった!!だけど、しょーちゃんは全然頼ってくれなかった!僕が予定を合わせようとしたって忙しくて時間がないって断られて、休みだって言ってても、打ち合わせだの、やれ講習だ、交流会だ、って仕事、仕事、仕事って!仕事って言えば僕が納得すると思って!!

 

 

僕には仕事だって言っておきながら、実際には見合いしてその相手とデートして、結婚しようとしてるんだ。そんな時間はあったんだ。

 

 

だいたい、あのしょーちゃんが『時間がない』って言うこと自体がおかしかったんだ。

 

 

そんな訳ない。

 

 

だって、日ごろ『時間は作るもの』って言う人がだよ?

 

 

昔はどんなことがあったって、僕の様子がおかしいと思ったら夜中でも車を走らせて会いに来てくれてたんだよ?次の日が朝からの仕事でも、僕の方が大事って言い切ってくれちゃう人が、時間を作れないはずないじゃん。

 

 

 

僕より大事なものがなければ。

 

 

 

つまりはそういうことじゃん。

 

 

 

僕はもうしょーちゃんに必要とされなくなった。必要じゃない相手に約束を守る必要はなくなった。だからしょーちゃんは僕に嘘をついてもよくなった。

 

 

 

そういうこと。

 

 

 

それが分からなかったから、僕はしょーちゃんが僕に嘘をつく人じゃないのに嘘をつく意味が分からなくて、戸惑って、しょーちゃんが分らなくなっちゃったんだ。

 

 

平気な顔して嘘をついてるしょーちゃんが宇宙人に思えて。

 

 

宇宙人みたいなしょーちゃんが怖くなって、触れられるのが怖くなった。気持ちが悪くて吐くほど嫌になった。

 

 

正直な僕の身体が起こした激しい拒絶反応。

 

 

一つの結論に達したところで、僕の中で提起されていた色々な問題が一気に解決した。急にストンと落ちて来た答が腑に落ちた。

 

 

自問自答して納得いく結果に辿り着いてホッとしたところで、大野さんが再び口を開いた。