「…う、」
いきなり、またアレが来た。腹の底から何かが逆流しようとしてる。
咄嗟に半身を起こし、洗面器に顔をつっこんだ。
「相葉くん!!」
二宮さんが急いで駆けつけて、僕の背を摩ってくれた。
「ハァハァハァ…ッ。…ううぇっ」
何度かえづくけど、もう吐き出すものは何もないらしく、ただただ苦しいだけ。
目を閉じると生理的な涙が目尻から流れる。
嫌だ。もう嫌だ。もう楽にして。いっそのこと、誰か僕にとどめを刺して。苦しいんだ。もう嫌なんだ。こんな思いしたくない。辛い。痛い。
しょーちゃんを怖いと感じる僕なんて許せない。
しょーちゃんに必要とされない僕なんていらない。
おねがい。誰かたすけて。誰か。僕をたすけてくれる誰か。誰かいてください。
「大丈夫…?」
僕の横で跪く二宮さんの袖を強く掴んだ。
「ハァハァ…ッ。にのみやさ…。ごめんなさ…」
「いいよ、気にしなくて。…吐ける?出ない?」
頭を左右に振って答える。
吐けない。もう出ない。だけど、縋らせて。
「にのみやさん…。ぼく…、僕、しょーちゃんが…怖いんです……」
「え…?」
握っていた袖を更に強く掴んだ。
認めたくなかった。
口に出したら、終わりだと思った。
でももう言わずにはいられなかった。
顔を上げてまっすぐ二宮さんを見た。
僕の視界は涙でぐじゃぐじゃだけど、二宮さんの顔ははっきり見えた。
「ぼぐ…、じょーぢゃんに、ざわだでで、ぎぼぢわどぅいどおぼっだんでず…。じょーぢゃん、じょーぢゃんだどでぃ、ぼぐ…ぼぐわぁ…あああーっ」
眉間に皺を寄せて悲痛な顔の二宮さんを見たら、僕の中で今まで気持ちを抑え込んでた堤防が決壊した。
しがみついて、二宮さんの脚に突っ伏して泣いた。
今日はあれだけ泣いたからもう涙は涸れ果てたと思ったのに、僕の中にはまだこんなに泣けるほど残っていたみたいだ。
「相葉くん…」
「じょーぢゃんだどでぃ、じんじだでだいんでづ…。いばばでどぼ、でんぶ、うぞだっだどがだ、どが、じょーぢゃんど、だでぃをじんじでばっ、いいがっ、ぼぉわがんだぐだっでっ、ぞじだだじょーぢゃんがぁ、ごわぐで、ごわぐで、じがだだいんでづううぅー」
涙と鼻水でズルズルの僕の言葉は言葉として成立してない。
なのに、二宮さんはそんな僕の言葉を懸命に読み取ってくれようとした。
「櫻井に触れられるのが駄目になったの?櫻井を信じたいのに、信じられなくなっちゃったから?櫻井のこと考えると気持ち悪くなっちゃうの?」
時々えづいたり、咳き込んだり、息継ぎをしようと口をパクパクさせる僕の背中を、二宮さんはずっと摩ってくれた。
「う、ううぅ~。うわあああー、あっ、あっあっあー…」
僕は頷くことでしか返事することが出来なかった。
ひたすらうんうんと首を縦に振るのが精一杯。
しがみついて、わんわん泣いて、ただただ頷いて。
「相葉くん…。いいよ、泣きな。全部吐き出していいから」
ふわりと僕の頭を抱きしめてくれた。
泣きじゃくる子供を温かく包み込むような優しさ。
柔らかい手の温もりが更に泣けてくる。
罪人がすべての悪事を告白して懺悔することで科を許されたような。
そんな気持ちになる。
泣きじゃくって興奮していた心身が落ち着いた頃。
それまでずっとソファに座っていた大野さんが立ち上がり、こちらへ向かって来る気配を感じた。