さっきまではできなかったホワイトボードの前に立って順番に説明をしているしょーちゃんの姿をじっと見つめる。

 

 

 

 

書き込む度に向けられる広い背中と形の良いまあるい頭。

 

 

 

 

片手でホワイトボードの端を掴み、もう片方でペンを握る綺麗な手。

 

 

 

 

少しクセのある文字。

 

 

 

 

振り返る時に全体をくまなく見渡す大きな目。

 

 

 

 

より知的さを増大させる細い銀縁の眼鏡。

 

 

 

 

程よい潤いを帯びたぽってりとしたくちびるが次々と言葉を放つ。

 

 

 

 

まっすぐに伸びた長い脚。

 

 

 

 

誰にでもわかりやすく説明する声は僕といる時より少しだけ高い。

 

 

僕といる時はもっと低くて、腰にクるんだ…。

 

目を瞑って声に集中すればよりその違いが感じられる。

 

 

 

およそ欠点など見つからない彼の姿に僕は完全に魂を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………。…ぃば……ん。あいばくんっ!

「ヒィッ?!

 

 

突然後ろから肩を叩かれて思わず叫び声をあげた。

 

 

「うるっせぇな。ホラ移動だよ?大丈夫?

「…あ、二宮さん」

 

 

左肘を掴まれ、立つように促されると周りはみんな席を立ち、ぞろぞろと移動を始めていた。

 

 

「なにボーッとしてんのよ。旦那の姿に見惚れてた?

「旦那って…、やめてくださいよ二宮さん」

 

 

最後の方は小声だったけど、近くで誰かが聞いてやしないかとキョロキョロしていると二宮さんは、誰も聞いてねえよとスタスタ歩き出した。

 

 

出る前にちらっと後ろを振り返ると、しょーちゃんは会社の人と話しながら書類を纏めたり、後片付けをしていた。

 

 

こうしていると、ほら、やっぱり誰も僕らの関係なんて気づかない。

 

 

誰にも打ち明けない限り気づかれることはないんだ。

 

 

「…………っ」

 

 

込み上げてくるものをぐっと飲みこんで抑えて、ゆっくり息を吐き出して、先を歩く二宮さんと大野さんを追い掛けた。

 

 

 

 

 

今日は最終打ち合わせとは言え本番同然の用意は出来ていなくて、当日使用する会場のあちこちでセットを組むための打ち合わせだったり、装花や装飾の打ち合わせなんかが行われていた。

 

 

ドレスとスーツだけは最後のサイズ合わせがあって実物が用意されていた。

 

 

会場の端に邪魔にならない場所に衝立を置き、男女に別れてフィッティングが行われた。

 

 

「よし。じゃあ相葉くんはこれで終わりね。あとは当日までは増減しないでよー」

「…了解でーす」

 

 

ジャケットとシャツを脱いで、ズボンも脱いで一気に着替えると、帰りの挨拶もおざなりに、人目を避けるように会場を抜けた。

 

 

「う…っぷ」

 

 

慌てて手を当て栓をして、一目散にトイレの個室に駆け込む。

 

 

「うぉえぇぇ…」

 

 

手を放すと直後にドボドボドボッと胃の中のモノが一気に逆流してきた。

 

 

「うげぇ…」

 

 

ゴボッとまた胃が波打ってすぐに次のが来て吐いて、口の中が酸っぱくなる。

 

 

吐く時の苦しさから生理的な涙が目尻に浮かんでくる。

 

 

「…ハァッ、…ハァッ、…ハァッ」

 

 

吐いたことで少し落ち着き、トイレットペーパーを巻き取って口の周りを拭き取っていると、誰かがトイレに入って来た。

 

 

 

鍵をかけることまで頭が回っていなくて、開けっ放しで吐いていたことに今になって気づいたものの、体全体がだるくて動かせない。

 

 

背中を向けているのをいいことに、入って来た人に気づかない振りをした。

 

 

だけど、足音は僕の方へ近寄って来た。

 

 

 

 

 

そして………。

 

 

「大丈夫?いつから具合悪かったんだ?

!!

 

 

丸めた背中にそっと置かれた手が撫でるように摩る。

 

 

その声と手の感触に驚いて慌てて振り返ると、しょーちゃんが立ってる。

 

 

 

なんで!?

 

 

 

「だ、大丈夫だからほっといて」

「でも…」

「いいか…、うぅぇ…っ」

 

 

話の最中にまた気持ち悪くなって慌てて便器の方へ顔を向ける。

 

 

バシャバシャバシャーッと最初より水分の多い吐瀉物をぶちまける。

 

 

心配したしょーちゃんが背中を摩ろうとするから思わず声を張り上げた。

 

 

「いいから止めろって!しょーちゃんにだけは触られたくない!!!

 

 

言ってからハッとしたけど、もうどうしようもない。

 

 

 

それに、触られたくないのは本心で本音。

 

 

 

「…ごめん」

 

 

踵を返す音がしてすぐにトイレから人の気配が消えた。

 

 

「………うっ。…うぇぇぇ」

 

 

首だけで振り返って見送り、いなくなったのを確認してからまた襲い来る嘔吐感と闘った。