「…あ。大野さん、おはようございます。二宮もおはよう。…なんか既に疲れてないか?」
「おー、おはよう翔くん。今日はよろしくね」
「オハヨ。そりゃ、この人連れてくるのに疲れないわけないでしょーよ」
入り口で誰かと話し中だったしょーちゃんが大野さんや二宮さんに気づき、笑顔で話しかけてくる。
軽口を叩き合いながら、ふはっと笑ったしょーちゃんが、後ろにいた僕に気づくと一瞬真顔に戻り、またすぐに笑顔になった。
「相葉くん、さっきはありがとう。助かったよ」
僕の方へ手を伸ばし、僕が預かったままだった上着を手に取った。
本当に一瞬だったから気づく人はいなかっただろう。
だけど、僕には分かる。
分かってしまう。
こんなに違うんだ。と分かってしまうようになってしまったことが辛くて、思わず視線を落とした。
「さっき?なんかあったの?」
すぐに二宮さんが反応して、キラリと目を輝かせた。
「一階の手洗いに調子悪くなったのがあってね。相葉くんが教えてくれたから俺が直したの」
「櫻井が?」
「なによその疑いの眼差しは。ホントだって。修理する間邪魔になるから相葉くんに上着預けてたんだって。…ね、相葉くん」
「…っ。う、ん…」
訝しげにしょーちゃんを見る二宮さんに動じる様子もなくしょーちゃんはいつも通りの様子で僕に話しかける。
それはあまりにも今まで通りすぎて、僕からすれば恐怖でしかなかった。
しょーちゃんが違和感を感じさせることなくスラスラと嘘をついてるなんて、きっと他の人からは分からない。
それくらい自然にしょーちゃんは嘘をつく人だったんだと、僕は今初めて実感している。
僕としょーちゃんが付き合っていた事実を知る人はほとんどいない。
僕に笑顔を向けるしょーちゃんは、しょーちゃんだけど、もう僕のしょーちゃんじゃない。
『仕事中は今まで通りでいること』という最初の取り決めがこんなに僕を苦しめることになるなんて思わなかった。
しょーちゃんがこんな風に当たり前に嘘をつける人だって分かってたら、僕はどうしていただろう。
なんて今さら考えたところでどうしようもないことを朧げに考えていた。
「ふーん…。それで?」
一応納得したような返事をしておきながら、二宮さんは更に続きを促す。
「それで…って?」
「上着預けて修理した後、櫻井はなんで相葉くんと別行動したの?」
「ああ、それは俺に所用があって先にそこから離れたから。その後俺は直接こっちに来たから」
「それ相葉くんに言った?」
「え?」
「だから、所用で離れた後、直接戻るって言わなかったんじゃないの?そのせいで相葉くん下のトイレでずっと待つ羽目になったんじゃないの?」
「あ…、ずっと下で待っててくれたの?」
二宮さんが険しい口調でしょーちゃんを責め立てると、しょーちゃんは申し訳なさそうな顔で僕の方を見た。
だけど今の僕にはその表情が本物なのか信じることが出来なくて、不自然だと分かっていながらしょーちゃんから顔を背けた。
「そうだよ。櫻井が何も言わないから相葉くんは、おまえが戻ってこないってピーピー泣いてたんだからなっ」
「え…」
「!!ちょ、二宮さんっ!僕、そんな泣いてないですってっ!!いくらなんでも子供じゃないんだから」
二宮さんの盛大な嘘にしょーちゃんが危うく本気にしかけて、僕が慌てて否定する流れになった。
「おーい、そこの3人。打ち合わせ始めるから席に着いて」
ドアの前でコントを繰り広げていた僕たちにホワイトボードの前に立っている人が声を掛け、開始時間が過ぎていることに気づいた。
いつのまにか大野さんは着席していて、3人でバタバタと指定された席に向かう。
みんな場所がバラバラで、しょーちゃんとは入ってすぐ左右に別れた。
二宮さんと僕は途中まで同じ方向で、先に二宮さんの座席があり、そこで別れる時に一瞬腕を引っ張られ、耳打ちされた。
「貸し一個な」
薄茶色の目は有無を言わせない力強さだった。
それだけ言うと手を離し、大野さんの隣に着席した。
最後に僕が着席して、ブライダルフェアの最終打ち合わせが始まった。