「…ハァ」
泣いた。
ひたすら泣いた。
体中の水分が出てっちゃったんじゃないかと思うほど泣いて、最後は涙も出ないぐらい泣いた、と思ったのに、不思議な事に涙は涸れることなく、いつまでも湧いて出た。
あまりにもキリがなくて、自分で泣くのを止めたぐらい。
割と早い段階でしょーちゃんのスーツは避けておいて正解だった。あのままだったら今頃涙と鼻水で大変なことになってた。
最後にトイレットペーパーをぐるぐると巻き取って、勢いよく鼻をかんで水で流した。
ぐるぐると渦を巻いて吸い込まれていく一部始終を見送って、それで、終わった。
僕の中の一つの恋を、終わらせた。
まさか恋愛がこんなトイレの水と一緒に吸い込まれて終わるなんて考えたこともなくて、少しだけ笑えて、笑った。
それで、終わった。
鍵を開けて個室を出て、手洗いの水でざぶざぶと顔を洗ってると、背中の方から賑やかな声がした。
「もー、時間ないんすよ。大野さんっ」
「すぐ終わるってば」
「早くしてよ」
「そんな急かすなよ」
バタバタと入ってくる足音がして、次に個室の閉まる音がした。
僕は持っていたハンカチで顔を拭いて顔を上げると、鏡越しに後ろに立ってた人と目が合った。
「あ…っ」
「相葉くん。…え、どうしたのその顔」
そう言われて、咄嗟に前髪を使って顔を隠した。
「え、や、あの…」
どう言い訳したものかと焦っていると、個室から声がした。
「ニノぉ~」
「なによ」
「紙がな~い。取ってぇ」
「はあー!?ちゃんと確認して入んなさいよアンタはっ」
そこは、さっきまで僕が入っていた個室だった。
呆れながら二宮さんは慣れた様子で備品が補充されている場所から新しいトイレットペーパーを出してきて、一か所だけ扉の閉まっている個室の上部からポンポンとロールを投げ込んだ。
「サンキュー」
「大野さん、外で待ってるからね」
「おー」
それから僕の方を見た二宮さんがクイッと顎で外へ出るようにジェスチャーをしてきたのでついて行った。
T字路になっているトイレの前の廊下に2人並んで立つ。
「………」
「………」
僕は俯いて前髪で顔を隠す。
二宮さんは何度か時間を確認しては、時々、「おっせぇなぁ」とか「何してんだ
よ」とかぼやいていた。
「…あのさぁ、なんかあった?てか、なんかあったんだよね、ソレ」
ソレ、と言って指すのは僕の髪なのか、顔なのか。
「…………」
相変わらず勘の鋭い人だなあなんて思いながら、黙っていると盛大な溜め息をつかれた。
「まただんまりかよ…」
「………」
「よー、お待たせ。…あれ、相葉ちゃん?おはよー」
大野さんがハンカチ片手に現れ、見事に気まずい雰囲気が漂いかけたところで断ち切ってくれた。
「おはようございます…」
ここでようやく2人に挨拶してなかったことに気がついて挨拶を返した。
「あと何分?」
「もう10分切ってるよっ」
「そか。じゃあ行くか。相葉ちゃんも一緒に行こ」
3人でエレベーターに乗り込み、ブライダル業務部のあるフロアまで一緒に向かう間も僕は俯きっぱなしで、二宮さんは何度かチラチラとこっちを振り返ってきたけど大野さんは気にすることなく欠伸をしたりしながら打ち合わせ場所まで歩いて行った。
僕はずっとその2人の後ろをついて歩いた。