しょーちゃんは譬えるなら、『炎』。
初めてしょーちゃんを見た時からその印象が強かった。
僕を見る時は一際大きな、時には制御できないフレアみたいな炎で僕をまるごと喰らうぐらいの塊を放つ人だったのに、今、僕の前にいるこの人からはほんの僅かの熱さえ感じない。
背中から放たれているのは刃のような鋭さの氷点下の冷気。
僕は知らない。
こんな風に体内に炎を宿さない『櫻井翔』を見た事なくて、僕の知らないこの人を怖いと思った。
今すぐ逃げ出したいこの感情をつい最近、どこかで味わった気がする。
「彼女は見かけは可愛いけど、それだけじゃない。何があっても受け容れる強さがあって、いちいち細かいことを気にしないし、パニックも起こさないしヒステリーでもない。彼女の持つバックグラウンドも魅力的だし。何より俺たちの関係だって認めてくれて、このままでもいいって言ってくれてんだぜ。こんなオイシイ話、断る理由ないじゃん」
突然くるりと体を回転させ僕の方を向いたしょーちゃんが、マリエさんがいかに素晴らしい女性であるか熱弁をふるい始めた。
しょーちゃんが人を悪く言うことをしないのは分かってる。
そのことを差し引いたとしてもしょーちゃんの中でマリエさんの評価は相当高いんだな、と思った。
その証拠にいつもの早口と大きなジェスチャーがついているから。
僕のことを話すしょーちゃんは氷みたいな冷たさなのに、マリエさんのことになると途端に大きな炎をあげるんだね。
そう思うと泣きたくなった。
「しょーちゃん…、今、自分が何を言ってるか分かってる?」
気づいて欲しかった。
「マリエさんにすごく失礼だよ」
そして、僕にも。
しょーちゃんは彼女のどこを好きになったの?包容力?彼女の実家?
「…?ああ、もちろん彼女も十分魅力的だよ?相性だっていいしね」
大きな瞳がキョロキョロと動いて、思い出したみたいに付け足した理由を説明して、自分の唇に人差し指を這わせ笑ったその顔は、ひどく下卑た表情のはずなのに。
それなのにイケメンはイケメンのままって、狡いよね。
酷いことを言ってるのに、その顔が妖艶に見えるなんて僕も相当イカれてる。
「マリエさん…お母さんになるんだよね?僕に、その子からお父さんを奪えって言うの?」
さっきの会話で『エコー』とか聞こえたし、しょーちゃんはマリエさんの体調を案じてた。
急にタオルで口を押さえてこっちへ来た理由から導き出される答はそれしかない。
「悪阻でしょ。マリエさん」
「…みたいだね」
みたいだね…って、まるで自分は関係ないみたいな突き放した言い方はどうなんだろう。仮にも自分の子供を宿している女性に対する態度ではないんじゃないの。
「あれは想定外の案件だったけどな」
ガリガリと後頭部を掻いて鬱陶しそうに言い放つ姿は違和感でしかない。
しょーちゃんは、もっと親身になる人だと思ってた。ううん。本来は親身に接する人なのにそうしないってことは、何か別の理由がある…?
たとえば…、実は自分が父親じゃないとか?何か理由があってお腹の子の形式上の父親にならざるを得ないとかなら、辻褄が合う。
結婚だって、政略結婚の可能性も…。
「雅紀」
名前を呼ばれてハッとしょーちゃんを見ると、眉間に皺を寄せて僕を睨んでた。
「下衆の勘繰りはやめてくれ。彼女に失礼だ」
「あ…っ、ご、ごめんなさい」
僕の思っていたことが面に出ていたのかしょーちゃんに何かしら伝わったらしく、顔をしかめ不愉快際まりないといった様子で真剣に怒っているのが伝わった。
「…で?どうする?俺と彼女は利害が一致してる。あとはおまえ次第だけど?」
突然、するりと頬を撫でられ背筋が寒くなった。
「…や。嫌だよ…、僕、そんなの出来ないよ」
慌てて手を振り払い、顔を大きく左右に振って一歩後退る。
しょーちゃんの目が僕を射るように見てる。
怖い。
心底、この目の前にいる人が怖い。
少なくとも今までのしょーちゃんは、人に対して案件とか、利害とかメリットとか、ビジネスみたいに割り切って言うような人じゃなかった。
脚が竦み、しょーちゃんの姿が下から上へ滲んでいく。
僕の知ってるしょーちゃんじゃなくなって、僕の知らない男の人になってしまった。
だけどこの威圧的な雰囲気を僕は嫌ってぐらい知っていて、それはなんでだろうって考えたら、あの人の姿が浮かんできた。
わざわざ僕を呼び出して、しょーちゃんを諦めろと通告してきた片桐社長と今のしょーちゃんが重なった。
あの時は全く似てないと思ったのに。
冷酷さが2人に共通するなんて思っても見なかった。