「…なに、あれ」

「あれってどれ?

 

 

うなじに手を置いて首をコキコキ鳴らしながら気怠そうな態度で答えられる。

 

 

まるで真剣味が感じられなくてイラッとする感情を無理矢理に嚥下する。

 

 

「ふざ…っ」

「シィー。デカい声出すなって。誰が聞いてるか分かんねえんだから」

 

 

塞ぐように僕の口の前に手を翳し、自分の唇の前に人差し指を立てて声のトーンを抑えるように僕に指示するしょーちゃんの長い指を見ると、僕の口に触れるか触れないかのギリギリの距離にある大きな手に嫌でも意識を持って行かれてしまう。

 

 

「…ふざけんな」

 

 

言われるまま声を絞り小声になる自分への怒りも含め、感情を目に出して思いっきり睨みつける。

 

 

満足そうに微笑んだしょーちゃんは翳していた手をそっと下ろした。

 

 

 

 

「説明してよ」

 

 

彼女が誰なのか。

 

 

しょーちゃんとの関係とか。

 

 

たまたま聞こえてきた会話の中にいくつも気になる言葉があった。

 

 

今はまだ点と点でしかない疑問を線にするにはしょーちゃんからの説明がないと繋がらない。

 

 

「説明…ねぇ…」

 

 

しょーちゃんは僕を見ながらゆっくりと後ろに下がり、お尻に当たった洗面ボウルを後ろ手に掴む。

 

その奥の鏡に相変わらず形の良いしょーちゃんの後頭部と酷い形相の僕が映っている。

 

 

「今更、要る?全部聞いてたんデショ?

 

 

洗面ボウルに浅く腰掛け、前屈みでゆったり腕を組んで僕から視線を逸らせてキョロキョロ彷徨わせた後、フッと上目遣いで僕を見て嗤った。

 

 

「っ!!!

 

 

その表情は、完全に僕をバカにして鼻で笑うすごく人を不快にさせるものだった。

 

 

人の神経を逆撫でする態度って正にこういうことを言うんだろう。

 

 

気が付けば僕はしょーちゃんの胸ぐらを掴み、鼻先がぶつかるぐらいの距離に顔を突き付けていた。

 

 

きつく握り白くなるぐらいの掌に、締めつけられて苦しそうに顔を歪めるしょーちゃんの手が重なる。

 

 

「彼女は…守屋マリエさんと言って、銀座で古く、から、料亭を営んでいる家の、末娘だ」

 

 

僕に締められながら、途切れながら彼女について説明し始めた。

 

 

「以前、ここで…ブライダル、モデルを務めたことも、ある。…ほら、雅紀が、遅れて来た事が、…っただろ。あの時の、モデルが、彼女で…」

 

 

 

どこかで聞いた名前だと思った。

 

 

 

だけど思い出せなくて、しょーちゃんの説明でやっと納得がいった。