「うわっ。…雅紀?」
お腹に腕を回して後ろから抱きしめるしょーちゃんからはやっぱり慣れない香りがしてて、すごく嫌な気分だった。
だけど。
「……信じる。僕、しょーちゃんのこと信じるから」
「雅紀…」
「僕の方こそ、追い出したりしてごめん。鍵も携帯もなくて不便だったよね。ほんっとにごめんなさい。反省してます」
回した腕に力を込めて強く抱きしめる。
その上にしょーちゃんの手が遠慮がちにそっと重なった。
「仕事のことも、しょーちゃんが僕のことを思ってちゃんとしろよって言ってくれたのは分かったからちゃんと頑張るよ」
「…うん」
初めはドキドキしていた心臓の音がだんだんゆっくりになっていって、いつも通りのしょーちゃんの速さに落ち着いて行くのを背中に当てた耳から聞いていた。
そしたらまた急にドキドキしだして、どうしたんだろうなんて思っていたら重なっていた手が離れた。
「あ、あのさ…、」
「ん?なに?どうかした?」
「向かい合わせで抱き締めたいんだけど…いい?」
僕の顔が見たいって言った時のしょーちゃんの心臓が、壊れちゃうんじゃないかって心配になるぐらいめちゃくちゃ早くなってて、それが普段あんなに男前なしょーちゃんとの激しいギャップに涙が出るほど笑った。
一度離れたしょーちゃんがくるりと向きを変えて正面に向かい合って互いに腕を伸ばす。
ようやく顔を見ることが出来て、変わらない腕の中の居心地に安堵する。
さっきまでの嫌悪感や恐怖感はもうない。
「そんなに笑わないでよ」
「ごめんごめん。だってさ、いっつもかっこいいこと言う時あんなにかっこいい顔してんのに中身は心臓バクバクだったの?って思ったらね…」
唇を突き出して拗ねるしょーちゃんはいつにも増して可愛くて、いつもは抱き合っていても抱き締められてる感が強い僕だけど、今は僕が抱きしめているような気がした。
「あー…幸せ」
「ふふ、僕も」
噛みしめるような呟きに僕も同意し、急激な眠気に襲われ愚図るしょーちゃんをどうにか宥め、近々ブライダルフェアの打ち合わせでホテルに出向くからそれまで頑張ろうね、と声を掛けて眠りに落ちたのを確認してから家を出た。
今回は前みたいに勝手にいなくなったと喧嘩にならないように、ちゃんと意識があるうちに寝たら帰るからね。鍵は郵便受けに入れとくからねって言ったら分かったって返事されたから大丈夫なはず。
静かに鍵を掛けて郵便受け口から中に向かって鍵を落とすと、底でコトンとひとつ小さな音を立てた。コツコツと僕の靴音だけが廊下に響く。
無駄のない空調と精密機械の音だけがするエレベーターで下まで下りてエントランスを一歩出ると途端に生活音に溢れる。
完全に夜は明け、朝が動き出しているのを実感して僕も歩き出す。
ふと見上げた先にはさっきまでは憎らしいくらいギラついていた太陽はなく、今にも泣き出しそうな鈍色の空が一面広がっていた。