虚ろな瞳に映る空にあれほど美しく輝いていた月の姿はなく、打って変わって自己顕示欲の塊のような太陽が朝を連れてきた。
相変わらず部屋の中はほとんど音もなく、カリッ、カリッ、と僕が逆さまにした親指の爪に歯を当てる音が耳に障る。
僕の心はどん曇りなのに、外は憎たらしいぐらいの眩しさなのはどうして。
しょーちゃんが帰って来ていないのに朝が来るのはどうして。
夜が明けるのはもう少しだけ待って。
そんな願いも虚しく、完全に夜は深い眠りに就き、朝が世界を叩き起こした。
何かを考えることさえ億劫になり始めた頃、主のいないこの家に突如響いたインターホンの音は、僕の心臓を止めてしまうのではないかと思うほどの大音量に感じられた。
「!!しょーちゃっ…!!?」
両手両足をハチャメチャに動かしてインターホンの場所まで四足歩行で移動して、覗き込んだモニターを見て驚いた。
そこに映っているのはモニターの半分を埋め尽くす大野さんの半分見切れた顔と、俯いている誰かのつむじ。
呆然としているともう一度インターホンが鳴り、慌てて通話ボタンを押した。
「ハ、ハイッ」
『あ、いた。おーい、相葉ちゃん、ここ開けてくれるかー?』
『早く開けてよ。重いのよこの人』
つむじの前で不自然な角度から力なく揺れる手がモニターにカットインしてきて、映っていないけれど二宮さんの声がした。
「はいっ。すぐ開けますっ」
オートロックを解除して僕はすぐ玄関に向かった。
外に出てエレベーターのある方角から来るはずの3人組を待った。
暫くするとさっきまで物音一つしなかったフロアが急に賑やかになり、両側から支えられながらこの家の主がふらふらした足どりで帰って来た。
「翔くん、翔くん。ほら、家着いたぞ」
「櫻井起きろって。なぁ、起きろよ。おーきーろー、さーくーらーいー」
「ん…、んん…っ。いって」
しょーちゃんの左側にいた大野さんが胸の辺りを二、三回軽く叩いても鈍い反応だったのが、右側にいた二宮さんにほっぺをバッチンと一発叩かれて目を覚ました。
「二宮…痛い…」
「知るか。さ、大野さん帰るよ」
「え…?え?あのっ?」
「じゃあな、翔くん。またね、相葉ちゃん」
右側のほっぺを押さえながらぐでんぐでんになってるしょーちゃんが二宮さんに突き飛ばされて僕の胸になだれ込んで来て慌てて受け止める。
脚に力が入らないしょーちゃんの体は長い脚をだらしなく伸ばしきっていて、それ以上ずり落ちないように僕の腕を力強く掴んでいる。
僕は2人で倒れ込まないようにしょーちゃんの背中を掴んで、下半身でなんとか踏ん張って立っている。
その様子を見ていた大野さんが玄関のドアを開けてストッパーを置いて僕らが部屋に入りやすいように準備を終えると手を振って、先にエレベーターへ向かって歩いている二宮さんを追いかけて行った。
「あ、ありがとうございました…」
何がなんだかよく分からない内にとりあえず引き渡し完了。みたいな形になって残されたのは僕ら2人だけ。
もうここからじゃあっちの2人に聞こえる訳もないけど、お礼を言って頭を下げた。
「しょ、しょーちゃん?」
声を掛けると暫く静かだったしょーちゃんがもぞもぞと動き出して、立ち上がろうとするのを手伝おうと腕を取ろうとしたら振り払われた。
「どうしたの?大丈夫?」
「…っせぇ。触んな」
僕を睨みつける目は真っ赤に充血していて、顔もずいぶん浮腫んでいる。それにアルコール臭がかなりきつくて、一体どれだけ飲んだのか。足元だっていまだに覚束なくて一人で立つこともままならない。体を何かに凭れかけさせないと立っていられないぐらい、正に泥酔。
すぐに目を瞑ってしまう。それでも、壁やドアを使ってなんとか家の中までは入って来て、靴も脱いでふぅふぅ言いながらも自力で寝室までは歩いたしょーちゃんはすごいと思った。
何度か倒れそうになり、その度に僕が手を貸そうとするとさっきみたいに睨みつけられ手が出せない状態だったので仕方なく後ろから見守るような形で着いていった。
ベッドの上に倒れ込むようにうつ伏せになって寝転がったのを見届けてから僕はお水と、吐いたときのための袋と洗面器を用意した。