改めて僕は櫻井翔という人が好きなんだと思った。

 

 

 

しょーちゃんに想われる自分が幸せだと感じた。

 

 

 

だからこそ、今日の片桐社長の話が怖いと思った。

 

 

 

現実を突きつけられるから。

 

 

 

『翔には日のあたる道を歩んで欲しいと願っています』

 

 

片桐社長の意見は世間一般論だ。

 

僕は人も環境も含め周りに恵まれていて、静かに見守ってくれる母がいるこの状況が、やや特殊だという自覚はある。

 

 

 

でもしょーちゃんは?

 

 

 

しょーちゃんのお家は普通のお家で。

 

 

いつか、お嫁さんをもらって、子供がいる未来を望まれている。

 

 

それはどこにでもある当たり前のこと。普通のこと。よくあること。珍しくもなんともないこと。

 

 

 

そこまでは。

 

 

今までは、そうだった。

 

だけど、実はしょーちゃんのお家は普通じゃなくて、実はすごいお家のところだったのが分かったから一人っ子のしょーちゃんは望まれていることに応えなきゃいけなくなった。

 

ゆくゆくは自分の働く会社の後継者となり、跡継ぎが必要な未来。

 

お嫁さんをもらって、子供がいなきゃいけない未来が望まれている。

 

 

それは、どんな天変地異が起ころうと僕では叶えることが出来ない未来。

 

 

 

あの日、しょーちゃんが僕に言ってくれたいつかはずっと一緒にという言葉。

 

 

薬指のキスで誓った2人の未来の約束。

 

 

しょーちゃんの為を思うなら手放さなきゃいけない僕らの未来。

 

 

しょーちゃんが僕を思って𠮟ってくれたように、僕もしょーちゃんを想うならやらなきゃいけないんだろうけど。

 

 

今更しょーちゃんを諦めるなんてできない。

 

 

しょーちゃんの為だって分かっていても無理だよ。

 

 

それぐらいもう僕はしょーちゃんを好きなんだ。

 

 

「しょーちゃーん…」

 

 

何度も時計を見て、鳴らない携帯を見て、何度も確認した。

 

 

「もう帰って来ないのかなあ…」

 

 

何度目か分からない時間の確認の時に何気なく口をついて出た言葉。

 

 

それを合図に涙が一筋頬を伝う。

 

 

「しょーちゃん…」

 

 

そこからとめどなく溢れる涙が袖を濡らす。

 

 

視界の先にある月がみるみる内にぼやけてぐにゃぐにゃに形を変えていった。

 

 

だけどほら、月明かりだってこんなに綺麗に輝いている。決して捨てたもんじゃないよ。

 

お日さまとは違う輝きを放っている。

 

 

それなのに。

 

 

そう思う気持ちは嘘じゃないのに、心の中は晴れることなく土砂降りのまま。

 

 

不安ばかりが増していく。

 

 

しょーちゃん、早く帰って来て。

 

 

ギュウウーーッ、と息が出来なくなるぐらい強く自分の身体を抱き締めた。

 

自分の中の不安を掻き消すように。

 

 

 

しょーちゃん。

 

 

 

仲直りしようよ。

 

 

 

僕、ごめんねって言うから。

 

 

 

ごめんねって言って?

 

 

 

それで、いいよって言い合ってキスしよ?

 

 

 

このまんまじゃ僕しょーちゃんのキス忘れちゃう。

 

 

 

しょーちゃんの唇わかんなくなっちゃうかも。

 

 

 

だから…。

 

 

 

だから、しょーちゃん。

 

 

 

帰って来てよ…。

 

 

 

 

だんだん白んでいく空を見ながら、まんじりともせず朝を迎えたけど、涙は涸れ果てるほど泣いて枯渇し、僕のほっぺはガビガビになったけど、しょーちゃんは帰って来なかった。