時計を見ればまだ日付が変わったばかり。

 

 

夜は更けたばかりだし、時間はまだ十分ある。

 

 

 

どれくらいそうしていたのか分からないけど、初めはベランダの向こうの建物の明かりもたくさん見えていたのが、一つ、またひとつと消えていき、最後は月明かりだけになった。

 

 

 

 

 

 

それでもしょーちゃんは帰って来なかった。

 

 

 

 

 

僕は膝を抱えてずっと月を見ていた。途中、トイレに立って戻って来た時にリビングの電気を消した。

 

月明かりが思いのほか明るくて、それだけで十分だった。

 

 

 

いつ帰るとも知れない人の帰宅を待つのは楽ではなかったけど、しょーちゃんを想えば苦ではなかった。

 

 

 

 

ひたすら月を見てはしょーちゃんを想い、帰りを待った。

 

 

 

 

どうしてしょーちゃんが怒ったのか。

 

 

 

 

何社もオーディションを受けているのに落選続きにも関わらず、僕自身まだそこまで焦りを感じてなかった。

 

 

心のどこかで、そもそもブライダルモデルなんて希少な職業で、取り扱う企業の絶対数が少ないんだからそうそう簡単に所属できるわけがない。だから見つからなくてもしょうがないんだと勝手に決めつけていた。

 

 

所属事務所の廃業はすぐそこまで来ているのに、真剣みが足りないように見られても仕方ない。

 

 

 

しょーちゃんには言ってないけど、実は受かった事務所もあるにはあった。

 

 

僕の中にはとにかくどこでもいいから所属さえしていればいいという答えはなくて、ブライダルモデルの仕事がしたくてこの業界にいるんだから他の選択肢は考えたくなかった。

 

 

だから最初の頃に応募していたのはブライダルメインの事務所ばかり。

 

 

それは全滅した。

 

 

さすがに落ち込んで、ここまで来たらそれじゃダメなのかな。フリーで出来るほど知名度のない僕が仕事の選り好みしてる場合じゃないのかも、と思って途中からブライダル以外のモデル事務所も手あたり次第受けたら、それはいくつか採用通知をもらうことが出来た。

 

 

だけどいざとなると、やっぱり僕がやりたい事とは違うことに納得が出来ず結局辞退した。

 

 

そこからはまたブライダルメインの事務所を探しては応募して今に至るんだけど、良い結果には結びつかない。

 

 

母さんにはその都度状況を報告している。ばあちゃんのこともあるから負担を増やすことになってしまって申し訳ないとは思っているけど、僕がこの仕事が好きで妥協したくないことを理解してくれて、諦めなくていいし焦らないでいいと言ってもらえた。

 

 

いつかきっと自分に合ったところが見つかると信じてくれている。

 

 

僕もそう思っているから落選続きでも以前ほど悲観することはなくなった。

 

 

しょーちゃんからすればその考え方は甘いと思うかもしれない。いつかそのうち、なんてやる気がないように見えたのかも。

 

 

僕を思うからこそ真剣に𠮟ってくれたんだよね、しょーちゃんは。

 

 

「やっぱり、好きだなあ…」

 

 

ぽつりと呟いた独り言が思いのほか部屋の中に大きく響いた。

 

 

しょーちゃんを想うだけで心の中がほんわかと温かくなる。

 

 

「しょーちゃん」

 

 

だからこそ名前を呼んでもここにその人の温度がないことが余計に寂しさを募らせる。

 

 

自分で追い出しておきながら傍にいないことに腹を立て、つい憎まれ口をたたいてしまう。

 

 

「…の、ばーか」

 

 

半ばべそをかきながら見上げた先にある闇夜を照らすお月さま。

 

 

 

 

月明かりで思い出すのは、ある日の車中。

 

 

仲直りをする前の月明かりを背にしたしょーちゃんの綺麗な顔。美人は怒っている時でさえ綺麗で僕はただ見惚れるしかなかった。

 

 

あの時はしょーちゃんが怒ってたのに、笑って僕を許してくれて、キスをくれた。

 

 

今度は僕が怒ってしまったから、笑って、許して、キスをする番。

 

 

閉め出しちゃったこと謝ったら、あの時みたいにまた許してくれるかな。笑ってくれるかな。

 

 

『しょーがねーなぁ』って眉を下げて笑って、大好きなあの唇でキスしてくれるかな。

 

 

ぷるりとした瑞々しくて柔らかい唇を思い出しながら、するりと乾いた右手の親指で自分の唇を撫でた。