いつもはデリバリーを頼んだ時などに室内で聞く音を外側から聞くのは変な感じだった。
インターホンのカメラの前で返事を待つ間の居心地の悪さったらない。
今までなら、お互い相手の予定を多少なりとも把握していた。
けれど、それもいつごろからか気にしなくなって用があれば本人が不在でも合鍵を使って用を済ませることに慣れてしまっていた。
初めて合鍵をもらった時のことは鮮明に覚えているのに、むやみやたらと使えないたからもののようだと思っていたあのころの気持ちはどこへ行ってしまったんだろう。
気づかぬうちに重ねてきた年月の上にあぐらをかいてしまっていたのではないだろうか。
だからあれほど大切だと思ったものをこんな風に呆気なく忘れてきてしまう結果になるんだ。
「はー…、ほんとバカ。自分が情けない…」
自己嫌悪に陥り、両手を腰にガックリ項垂れる僕の前でインターホンは沈黙を守っている。
携帯電話を確認してもコールバックはない。
スケジュールが分からないから、もしかしたら仕事中なのかもしれない。日勤だったら帰って来るだろうけど、夜勤だったら出勤してしまってるから明日までは帰って来ない。
僕が連絡したことに気づくのは休憩中になるかもしれないとなると、当分連絡は来ないだろう。
「あぁー、もー、なんでちゃんと連絡しとかなかったんだろー」
ガシガシガシと頭を掻きむしって、密に連絡を取り合わなかったことを後悔する。
悪足掻きとは分かっていたけど、もう一度だけ、と決めて指を伸ばした。
ボタンを押す指をすぐに離せなくて、間延びした呼び出し音になった。
『………………』
室内のモニターに映し出されるであろうカメラを凝視するけどやはり応答はなく、仕方なく踵を返した時。
『………は…、え?』
「!!しょーちゃんっ!」
それまで無言を貫いていたスピーカーから初めて反応があり、慌てて戻る。
『雅紀!?は?え?なんで?!』
声の調子でモニター越しに戸惑っているだろうしょーちゃんの様子が手に取るようにわかる。
「しょーちゃんっ!お願い、玄関開けてっ」
『え?あ、うん、ちょっと待っ…』
僕の必死の訴えにしょーちゃんも慌てて対応してくれて、声が途中で途切れ、その直後に目の前のドアから鍵の開く音がした。
中から開くのを待ちきれず僕が外から引っ張ると、ドアノブにくっついた状態のしょーちゃんが釣れた。
「うをっ」
「しょーちゃんっ!!」
前のめりで片足浮かせてつんのめるしょーちゃんを受け止めるようにして抱き締める。
腕の中にあるイイ感じの筋肉がある厚みの質感。
ふんわり柔らかい髪から香るシャンプーの香り。
久しく嗅いでなかった気がするしょーちゃん自身の匂い。
しょーちゃんの体が放つ熱。
すべてがここにいるよと安心させてくれる。
「しょーちゃん…」
腕に自然と力が入り、よりきつくしょーちゃんを抱き締める。
しょーちゃんだ。
しょーちゃん。
僕の、しょーちゃん。
しょーちゃんは僕だけのしょーちゃんで、僕はしょーちゃんだけの僕。
そうでしょう?
「しょーちゃん…」
肩口にぐりぐりと頭を押し付け、マーキングするみたいに何度もこすりつけるようにしながら名前を呼んだ。