ドクン…、

 

 

 

ドクン…、

 

 

 

 

一歩踏み出すたびに耳の奥から脳内全体に響く。

 

 

 

 

ドクン…、

 

 

 

 

ドクン、ドクン…、

 

 

 

 

ひとたび大きく打ち鳴らせばどんどん速まるBPM

 

 

 

 

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、

 

 

 

 

落ち着け、僕。

 

 

 

まだ、そうと決まったわけじゃない。

 

 

 

フッと短い息を吐いて、キュッと唇を引き結び気合を入れて席に着いた。

 

 

 

 

僕が着席するまでをじっと見ていた片桐社長が口を開く。

 

 

「今日相葉さんにお越しいただいた本題は、相葉さんのお仕事に関してです」

 

 

 

 

 

ドクッ…。

 

 

 

 

 

「私の…仕事、ですか」

 

 

ひときわ大きく打った鼓動は、緊張のピークに達した。

 

 

「先日社長とお会いして少し話をしましたが、事務所を閉じられるということでしたが、相葉さんは今現在、新たな所属先はお決まりになりましたか?

「…いえ、それは、まだ…」

 

 

予想に反した内容に、とくんっと震えた後はなだらかな下りの曲線を描いていく。

 

俯いた頭の中で先程目にしたものが薄く溶けて、記憶から抹消されようとする。

 

 

「そうですか。実は、翔の方から大切な人が困っているから自分が力になりたいが自分一人では限界なので、是非私に力添えをと頼まれましてねえ」

「え?

 

 

思わぬ言葉に反射的に顔が上がった。

 

 

「可愛い甥の頼みなら是非とも聞いてやりたいものなのですが…」

 

 

凝視する僕を気にする様子もなく更に話を続ける。

 

 

「相葉さんは今後もブライダル専属モデルとしてお仕事を続けられたいとのことですが、大変申し訳ないが弊社ではご納得いただける結論をご用意することが出来ず…代わりといってはなんですが、こちらなら相当お仕事は用意できると思いますので、気になるものがあれば遠慮なく仰ってください」

 

 

ゴソゴソとスーツの内ポケットを漁り、出した名刺入れの中の束をテーブルの上で扇形に広げ始めた。

 

 

ずらりと並べられたそれはまるでカードマジックの始まりのよう。

 

 

少し見ただけでも、どれもこれも一度は見聞きしたことのある大手や老舗ばかり。

 

見る人が見ればこの名刺だけでも喉から手がでるほど欲しいと思う価値のあるものだろう。

 

僕が不合格になった事務所やEastJsカンパニーの名刺も見受けられた。

 

 

「…………」

「うちは古いだけが取り柄ですから、有り難いことにみなさんお名前だけは存じ上げてくださっているんですよ」

 

 

完全に言葉を失った僕に片桐社長は謙遜してそう言うけど、このホテルだってよそに引けを取らない立派な企業だ。

 

その証拠にうちの事務所の取引先にこのホテルの名前を挙げるようになってから他の仕事が増えたんだから。

 

 

「このホテルは、伝統と格式高い素晴らしいホテルだと思います。決して名前だけということではないと思います」

「重ね重ね、お褒めの言葉ありがとうございます」

 

 

後が続かず重い時間が流れ、片桐社長がコーヒーに口をつける。。

 

僕はじっと目の前に並ぶ名刺を見ていた。

 

 

 

どうして?

 

 

しょーちゃん。

 

 

 

 

なんで?どうして?と疑問しか浮かばない。

 

 

僕の再就職を心配してくれるのは分かる…けど、どうして、僕になんの相談もなくこんなことを…。

 

 

しょーちゃんに僕はやれるだけやるって、やりたいって言ったはずなのに。

 

 

 

 

「…っ」

 

 

こめかみの辺りをちりっと痛みが掠めた。

 

 

痛みを感じた場所に手を当てる姿を見た片桐社長が心配して声を掛けてくれた。

 

 

「どうかしましたか?

「…あ、いえ。大丈夫です」

 

 

手を離すと痛みはなくなっていて、じっと手を見ても当然なんともない。

 

 

 

今、なんか頭の中に僕の記憶にないなにかが通り過ぎたような気が…。

 

 

しょーちゃん家だったな。

 

 

なんだったんだろ。

 

 

軽く首を傾げたところで、再び片桐社長から声を掛けられた。

 

 

「どちらか気になる企業がありましたか?

「あ…いえ…」

 

 

曖昧に言葉を濁す僕にだんだん片桐社長の雰囲気が険しくなるのを感じた。